その9 六日知らず

 落語には、ケチで欲張りな人を面白おかしく取り上げた噺が多い。だいたいがケチな人は寄席なんかにわざわざお金を払って来ないから、どんなにケチな人を悪くいっても、客は不快に思わず、文句をいわれる心配がないというのが理由だ。
「味噌蔵」「片棒」は大店の主人で、「大工調べ」や「らくだ」は、大家がしみったれとなっている。他にも「位牌屋」、「一丁蝋燭」、「ちきり伊勢屋」、「五貫裁き」など挙げていったらきりがない。
 これらの噺に出てくる大店の屋号は、噺家によって違うが、赤螺屋(あかにしや)か吝嗇屋(しわいや)で、なぜか名前は吝兵衛(けちべい)と決まっている。
 この手の噺の「まくら」は、お金にとことん執着する吝(しわ)い人物が登場する。もちろん本題の伏線となるからだが、人間の本性の一面を誇張するから、滑稽が生まれ、共感を得る。
 向かいに引っ越してきた鰻屋から漂ってくる匂いを嗅ぎながら、毎日飯を食っているので、匂いで鰻の太さまでわかるようになる。と、月末に鰻屋から「嗅ぎ賃」の請求が来た。匂いだけでご飯を食べられてしまうと、どうしても使うたれの量が増えて2回浸けるところが3回になる、という言い分。よし、払ってやるよ、といって、チャリンと硬貨の音を聞かせる。嗅覚には聴覚で対抗したわけだ。
 こういうのもある。隣の家に金槌を借りに小僧を行かせる。なんの釘を打つのかと尋ねられ、鉄の釘(くぎ)を打つのなら、金槌が減るからといって断られる。すると、「ケチな野郎だ、それなら家にあるのを使え」となる。こうなると、どっちがケチだかわからない。
 朝食の味噌汁には、おつけの実が入っていない。ある朝、珍しくタニシが二つも浮いていた。箸でつまもうとしても、なかなかつまめない。よく見たら、自分の眼が薄い汁に映っていた。
 ケチを表現する言葉にも、いろいろある。狡(こす)い、せこい、しまり屋、しぶちん、吝嗇(りんしょく)、しわい屋、赤螺(あかにし)、胴欲、六日知らず、などなど枚挙にいとまがない。形容詞の「狡い」は、「こすからい」から「こすっからい」へと変化していく。盗人仲間の倒語で「すこい」となり、さらに強調したのが「ずっこい」だ。
 せこいは、明治時代芸人のあいだで用いられ、「芸が下手」の意味だった。「今日の客は、せこばっかりだ」と言えば、「噺のわからない客」だ。そのうち、「みみっちい、狡い、くだらない」の意味が加わった。
 赤螺というのは、巻貝の一種。殻の内側が赤い色をしている。赤西貝の字を当てることもあるし、ただ「ニシ」と呼ぶ漁師や地方も多い。身は食用に適する。いったん殻の蓋(ふた)を閉じるとなかなか蓋を開かないので、刺身にするには、殻を叩き割る。茹でて身を取り出し、串焼きや壺焼きにしてもうまい。『広辞苑⑦』には、「財布の口を開けない人を赤螺貝に例えて、ケチな人をあざけっていう語」とある。
 前田勇の『江戸語大辞典』(講談社)を開けてみる。ケチな人の意は、寛政や天保の頃からの例文が示され、「拳を握った形を殻の形になぞらえていう」とある。「赤螺の壺焼き」は赤螺の身を入れて、「栄螺(さざえ)の壺焼き」と称するところから「偽物」、「まがい物」の意味とも記されている。
 例文として、文政8(1825)年の鼻山人(東里山人)作の人情本「契情肝粒志」(けいせいきもつぶし)から、「石投(イシナゲ)の味噌吸(す)、赤螺の壺焼、鯛と栄螺のオッ冠(かぶ)せも、その風味の卑しきを恥ぢざる譏」を挙げている。
 イシナゲは鱸科の大衆魚、オッかぶせは、まがいもの、偽物の意味。「譏」は、欠点を悪くいうこと。
 現在は地中海や黒海などから、冷凍の茹でた赤螺の身が輸入されている。屋台などで「栄螺の串焼き」と称しているのは、ほとんどが赤螺といってもいい。その昔、お祭りの縁日には、よく「海ホウズキ」が売られていたものだが最近は見たことが無い。赤く着色した「なぎなたホウズキ」は、赤螺貝の卵嚢(らんのう)だ。
 六日知らずは、一日、二日と指を折って日にちを数えて五日までいくと、六日目は折った指を開かなくてはならない。ケチな人はいったん握ったものは絶対に放そうとしない。したがって五日までは数えられるが、六日となるとわからない。そこでケチな人を「六日知らず」というというのだが、一般の辞書には載っていない。そんな人は実際にいないだろうけど、なにせ落語国の住人のことだから、なかにはわずかながらお目にかかることができるかもしれない。
 落語の「佐々木政談」にこんな話がある。南町奉行の佐々木信濃守が、お忍びで市中の見回わりに行くと、子どもたちが奉行ごっこをしている。申したて人は二人。うちの一人が、「一から十まで、みんな<つ>がそろっているか」と聞いたら、相手が答えられなかったので、喧嘩になって殴ったという。奉行役の桶屋の息子、四郎吉が、「さような些事の次第で、上の手を煩わすとは不届き」と、せりふも堂にいっている。
 四郎吉は二人に放免を言い渡し、
「一から十まで、<つ>は揃っておる」
 と、つけくわえた。喧嘩した二人は納得しない。
「だって<十つ>とは、もうしません」
「だまれ、奉行の申すことに嘘いつわりはない。中に<つ>を盗んだやつがいる。五つに二つある<つ>を取って、十に付ければ、皆そろう」
 その頓智に舌を巻いた本物の信濃守は数日後、奉行所から四郎吉と親を呼び出す。お白洲で、さらに頓智の才を吟味する。信濃守のお尋ねに、「こんな砂利の上では位負けがする」といって、奉行の隣りにちょこなんと坐ってしまう。「星の数を数えられるか」という問いには、「お白洲の石の数は?」と返す。父と母のいずれがすきじゃ」と聞かれると、差しだされた饅頭を二つに割って、「どちらがおいしいですか」と聞き返した。この頓智頓才に感服した信濃守は、四郎吉が15歳になったら、家来に取り立てると、同道した町役人と父親に約束をする。「一休さん」などの頓智話から、ヒントを得たものと考えられる。

 風説によれば、十には<つ>が無いところから、「十」と書いて、「つなし」という名字がある。ちょっと信用したくなるが、実在しない名字らしい。1970年代の民放テレビドラマ「ありがとう」に、杉並区の「十(つなし)医院」が登場したのが発端だ。原作は平岩弓枝、プロデューサーは石井ふく子。主役は石坂浩二、山岡久乃、水前寺清子など。
 よくできた名字だ。世はSNSの時代だから、「タクシーに乗ったら、運転手が十で、つなしと仮名がふってあった」などと、さも本当のように書き込むと、瞬く間に拡散していく。昨今は、都市伝説もSNSから生まれるようだ。
 十につがつかないところから、釣り人の間では、10尾以上の釣果があることを「つぬけ」という。新宿区に魚料理を食べさせる「つぬけ」という名の店が実在する。
 100尾以上釣りあげるのは、「ソク釣り」という。ソクは百のことだ。
「ムカデを百足と書くから、ソクは足から来たのでしょうね」
 シンちゃんの推理は、いつも惜しいところで的を外す。おそらく、「一たば」から来たもので、漢字は「束」だ。小魚を百尾ずつ束ねたところからではないか。前出の『江戸語大辞典』には、「束。百の異称。隠語にあらず」とある。安永8(1800)年、山手馬鹿人(大田南畝)作といわれる洒落本「深川新話」から「一時(いっとき)の間(ま)に二、三束(ぞく)とるにやァ骨は折らんだった」を引いている。深川でハゼでも釣ったのだろう。魚屋や八百屋で数の符牒として用いられる場合は、一、十、百、千を意味する。この種の符牒には、桁が無い。桁は、その場で瞬時に勘案するほかない。
 店の名前が「九」という焼鳥屋が秋葉原にある。なんと読むのか。
「一字の九だから、いちじくですね」
 シンちゃん、今度はすぐにわかったので、すっかりご機嫌になり、得意の指のダンスが始まった。
「学芸大学の駅近くに『にのまえ』という店がありますけれど、『二』の前だから、『一』ですね。『に』の前だから、『いろは』かと思っていました」
 その通り「にのまえ」は「一」が正解で、結構全国にある。シンちゃんが推測した「いろは」もいいところを衝いている。相撲のしこ名に「い」という力士がいた。なんと読むかというと、「い」は仮名の最初だから、「かながしら」だ。最近は力士にも、キラキラネーム風の奇怪な名前が目につく。昔も奇を衒(てら)った、なぞなぞみたいな四股名は多かった。
 日本酒の銘柄と四股名に共通性を見出したのは、確か丸谷才一だった。最近の日本酒も、読むのに苦労する名前が増えてきた。全国高校野球大会代表校の出身中学を見ても、県外からの「留学生」が多く、地域性というか土着性が薄れてきた。力士も日本酒も、命名するのに苦労があるのかもしれない。それだけ、日本列島が小さくなったということでもある。
 日本酒を飲ませる店の名前も多種多様だ。「こなから」という店がある。『広辞苑』には、小半と、二合半の漢字が示されている。小も半も、半分のこと。日本酒の基本の貫目となる一升の半分の半分だから、四分の一で二合半となる。「二合半」と書く店もあるが、読めて意味のわかる客はあまり多くはないだろう。「春夏冬二升五合(商いますます繁昌)」と同じで、酔客は店名の薀蓄(うんちく)や洒落よりも、酒の量を求めたがるものだ。横浜の野毛に「小半」と書く居酒屋の名店がある。ここで一杯やってから、「にぎわい座」へ向かうのが、私のお定まりになっている。
 訪ねたことはないが、大阪の西天満に「きすぐれ」という飲み屋がある。名前がいい。高倉健が歌った「網走番外地」にこんな歌詞があった。
「きすひけ きすひけ きすぐれて」
「きす」というのは酒のこと。「好き」の倒語だ。「きすを引く」は、酒を飲む、酒を買うことで、「香具師・盗賊・無頼漢の隠語」と『江戸語大辞典』にある。式亭三馬の「客者評判記」(文化4年)から、「高が酒(きす)に温まりたいがために」の用例を引いている。
 ところで画家の風間完が亡くなってから、もう15年が経つ。今でもよく通っていた中野のなじみの店へ顔を出して店主と昔の話にふけることがある。長兄は「講談雑誌」(博文館)の編集者をしながら、三木蒐一の名前で小説を書いていた。その紹介で、山本周五郎の挿し絵を描くようになり、山本宅に出版関係者などとしばしば出入りし、横浜の中華街でご馳走になったこともある。
 三木は、酒を飲まない時は物静かな紳士だが、いったん飲み始めると、一週間くらい飲み続ける悪い癖があった。
<山本周五郎はこんな「きすぐれ」(山本さんがつけた兄のあだ名で酒におぼれる者の意、ちなみに「すけぐれ」という女におぼれる者の意のあだ名を付けられた人もいた)の兄のどこが気に入ったのか、ずいぶん眼を掛けてくれていた。>(「出あいの風景」朝日新聞2005年7月27日夕刊)
 風間完は周五郎の作品の挿し絵をよく描いたが、兄に似た酔っ払いがよく出てきた。それは貧しい職人の話で、その日の稼ぎを夜遅くまで待っている妻と子どものところへ、へべれけになった父親が、「みーんな飲んでしまったの」と繰り返し言いながら、よろよろと戸を開けて入ってくる場面だった。
 今回は、どこでどう間違えたのか、「吝い」落語の話から酒の話に脱線してしまった。
 きすぐれの「ぐれ」についても、触れたいところだが、脱線し過ぎたので、項を改めたい。
 ところで、「にのまえ」を「いろは」と解いたシンちゃんに、文字遊びで「おくやけこ」とは何の意味か、解いてもらった。
「……」
 流石のシンちゃんも「薬缶の蛸」だ。いろは四十八文字の「おくやまけふこえて」から、「ま」と「ふ」が抜けているので、「間抜け」と「腑抜け」の意味だ。文字遊びの奥は深い。何にでも首を突っ込みたくなるシンちゃんは、どうやら落語の本を手に入れたらしい。風の便りに聞こえてきた。(敬称略 2018・9・12)


次回の更新は「ど真ん中」で、9月26日の予定です
筆者紹介
▽重金敦之(しげかねあつゆき)1939年東京生まれ。朝日新聞社、大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。著書に『作家の食と酒と』(左右社)、『食彩の文学事典』(講談社)など多数。

登場人物紹介
▽シンちゃん 氏名、住所不詳。1947年東京生まれ。横浜市内の開業医(老年精神医学、音楽療法)。学生時代には、伝説の若者週刊誌の臨時特派記者として、アメリカやシベリア鉄道経由でヨーロッパなどを放浪した。中国少数民族の詩歌を翻訳し、テニス、ワイン、バイオリンなど、幅広い好奇心の持ち主。筆者を「キョージュ」と呼ぶのは、敬愛と揶揄の意が込められている。