その13 ねぎまの殿様

 以前に記したようにねぎま(葱鮪)は、庶民の日常のお惣菜だ。葱と鮪を甘辛く煮るからねぎまだ。「ねぎま鍋」と称して、豆腐や野菜を加えるのは、最近のことだ。鮪は脂の多いトロを使うから美味しい。まだトロが珍重されずに安価な時代だったから生まれたのだ。赤身の鮪で仕立ててみても、そんなに美味しいものではない。
 元貴族院議員で理化学研究所を創設した大河内正敏の『味覚』が、今年の9月に改版刊行された。
<トロでなくても葱鮪は出来るが、真の旨味は、生で食べるとしゃきしゃきするような大トロを、賽子(さいころ)の目に切って、葱と煮ながら食べるのが旨い。>(中公文庫)
 金属製の浅い小さな鍋の底に鮪を敷き、真っ白な太い葱をのせる。さらに削った鰹節を上にいっぱいのせて持ってくる。別の器に入っている汁を鰹節の上から掛けて煮立てる。酒の肴にするときは汁を控え、ご飯のおかずにする時は多めにする。今でいう「小鍋仕立て」だ。こんな料理は、独りで食べるからいいのだ。
 ねぎまと聞くと、近頃の人は焼き鳥のねぎまを思い浮かべるようだ。鶏肉と葱を交互にはさんで串に刺すから、「ねぎ間」で、「ま」は鮪の「ま」ではなく、あいだ(間)を意味する「ま」だ。
 シンちゃんは、「昔は、鮪の焼き鳥があったのですか」と驚いているが、そんなことはない。
 秋になると、落語の「目黒のさんま」がもてはやされるが、同工異曲の噺に「ねぎまの殿様」がある。季節は冬だ。庭一面に降り積もった雪を見ていた本郷のさる殿様が、向島、墨堤の桜と紅葉は見たことはあるが、雪景色はまだ見ていない。さぞ美しい景色に違いないから馬を出せ、と御用掛の田中三大夫に命じた。
 途中、上野広小路の煮売り屋(今でいう居酒屋の祖)からただよってくる、何やらかぐわしき匂いに惑わされ一軒の店に入った。醤油樽に腰かけて、隣の客が食べているねぎまをみて、「あれは何だ」と店主に尋ねると、早口の店主の「ねぎま」は「にゃあ」と聞こえた。「そのにゃあとやら」を持ってこいと命じた。「ささ(酒)はあるか」といっても、「うちの店には笹っ葉なんかない」という。酒だといってようやくわかった。主人が、「ダリと三六(さぶろく)、どちらにいたしましょう」と聞いても、殿様には意味がさっぱりわからない。だいたいが「ダリ」なんて初めて聞く言葉だ。
「三六は36文でダリは40文ですから、いかほども違わないのですが、西からの下り酒、灘の生一本というやつで、まことによろしい酒です」と説明され、「ではダリを持て」と命じた。「にゃあ」と二合のダリを堪能し、すっかりご満悦の様子。向島の雪見は面倒になったとみえて、予定を変更し上野広小路から屋敷に戻ってきた。
 次の日の食事だ。昨日のねぎまがよほど気に入ったと見え、「予は昨日の『にゃあ』が食べたい」と、のたまわったから大変。お膳番は三大夫から仔細を聞いて納得したが、びっくりしたのが、料理のまかない方だ。
 マグロの上身を賽子(サイコロ)状に細かく切ると、蒸篭で蒸し上げ、葱も白い部分だけを五分くらいに美しく切り茹で上げた。お椀に盛って味を調え、恭しく差し出したが、美味しくも、なにもない。「昨日の『にゃあ』は三毛だったが、これは『チュー(ねずみ)』だ」と腹を立てて、機嫌が悪くなった。
 またまた三大夫に知恵を借りて、鮪の血合いや中落ちも入れ、葱の青い部分も加え、普段料理人たちが食べている「正調(つまり『まかない』ですな)」のねぎまをお出ししたところ、殿様大喜び。「ダリを持て。三六はいかんぞ」と機嫌を取りなおした。
 予は満足至極だが、座敷で食べていてはどうも美味しくない、やはり「にゃあ」は床几で食べるに限る。ここに「醤油樽を持て」というのがサゲだ。
「お婆さんの今輔」と異名のある古今亭今輔(5代目)が、得意とした噺だが、今では演(や)る人はほとんどいない。
 噺の中に出てくるダリとは何か。「広辞苑⑦」には、「近世、かごかきや馬方の隠語で、四のこと」とある。数の隠語には、単位が無い。三六文とあって、ダリだから四〇文ということがわかる。四百でも四千でも、同じダリなのだ。
 他のお客さんにわからないよう、値段を店内の会計に知らせるために、隠語は生まれた。店側の従業員だけの隠し言葉で、客に知らせる必要はないし、客も知ったからといって、なんの得にもならない。
「それなら、酒は三六文と四〇文の二通りあります、といえばわかるのに。ダリなんてわざわざ隠し言葉を使うから、殿様が困ってしまって、ワンワン、ワワン、ワンワン、ワワンになっちゃうんですよ」
 それ来た、シンちゃんの出番だ。「下衆下郎」の庶民と、殿様の階級差、生活文化のミスマッチがカルチャーショックとなり、本道と異端の「鶍(イスカ)の嘴(ハシ)の食い違い」から笑いが生じたところが、わかっていない。貧しいところにも、それなりの美味があり、金をつぎ込んだからと言って、美味にありつけるとは限らないのだ。

 数字の隠語は、前に紹介した寶井善次郎の『鮪屋繁盛記』にも紹介されている。それぞれの業種によって、異なっているところが面白いところだ。同じ魚の小売りにしても、海の大物と小物、川魚の店とでは違う。
 現在では、ほとんど使われなくなったが、すし屋、魚屋など飲食関係の店のごく一般的に共通する数の隠し語を挙げておく。

  一  ソク、ヤリ、ピン
  二  フリ、ブリ、リャン
  三  ウロコ、ゲタ
  四  ダリ
  五  メノジ、ガレン、ゲンコ
  六  ロンジ、サナダ
  七  セイナン、サイナ、カギ
  八  バンド、バンドウ、ハン
  九  キワ、カブ、ガケ、キ
 
 語源というか、よってきたる由来は、諸説あってはっきりとしないが、私の推察を交えて説明したい。
 ◎一の「ソク」は「束」で、一束(ひとたば)が基本。稲などは十把をひとまとまりにした。半紙なら十帖、すなわち二百枚を一束とした。釣りでは、百尾の意味だ。寄席などの客の数も百人が束だ。千になるときもあれば、万で使うときもある。
「ピン」は、ポルトガル語の「ピンタ」(点)から来たといわれる。「ピンからキリまで」のピンも一の意味だ。キリの語源は、ポルトガル語のクルスが訛ったもので、十字架の意味から十を指す。花札の十二月の「桐(キリ)」という説もあるが、少数派だ。
 ◎二の「フリ」も「ブリ」も、荷物を二つに分けて前後に担ぐ「振り分け」から来たのではないか。てきや、露天商、盗人仲間の隠語から出た。
 現代では、両の中国語読みの「リャン」を使う人が圧倒的に多い。大阪弁で両面テープを「りゃんめんテープ」と呼ぶ話を思い起こしてもらいたい。
 ◎三の「ウロコ」は家紋からきた。鱗の家紋も、三つ鱗、北条鱗、赤垣鱗、丸に六つ鱗など、種類は多い。「ゲタ」は下駄で、鼻緒の穴が三つ開いているからだ。
 ◎四の「ダリ」おそらく「足(たり)」で、駕籠(かご)は二人で担ぐところから、足の本数となる「四」を意味するようになったのだろう。駕籠に二人が乗り込み、走っているうちに底が抜け、四人で駕籠を担いで走るのは落語の「蜘蛛駕籠」だ。
 ◎五の「メノジ」は、「目の字」で、目の画数は五画だからだ。「ガレン」は半分の意味に使われることが多いが、掘源はわからない。『日本隠語辞典』(皓星社)には「漬物店、青物店の通り符牒にして五を表す」とある。「ゲンコ」は五本の指を握るから。
 ◎六の「ロンジ」は「六の字」が変化したものだろう。「サナダ」は理髪業の符牒で、言うまでもなく、真田幸村の家紋、六文銭から。
 ◎七の「セイナン」も「サイナ」も西南で、十二時を北にすれば、七時は西南の方向になる。「七銭」を「ななせん」と呼び、倒置させたという説も考えられる。
「カギ」は漢字の「七」を崩して書くと、どこか鍵に似ているでしょう。
 ◎八の「バンド」は坂東で、関八州は、相模、武蔵、安房、上総、下総、常陸、上野、下野と八つの国からなっているから。「ハン」は坂東の坂をハンと読んだのだろう。『広辞苑⑦』には、青物商、魚商、船乗りなどの隠語、と載っている。
 ◎九の「キワ」は、桁が上がる一歩手前。
「ガケ」も同じ意味だ。「カブ」は、いうまでもなく、オイチョカブで最も強い数。最も弱いゼロは「ブタ」という。八、九、三は足すと二〇で、ブタとなる。
 数の隠語は、バクチと関係あるものが多い。賽子や花札が小道具だからだ。社会的に受け入れられない、異端者の共通意識を共有する側面もある。
「タメ」というのも博打用語で、賽子を二個使う丁半博打の数が二つ揃うこと。
 立川談志の『談志楽屋噺』には、
<タメってなぁバクチ用語で、同目(どうめ)のことだ>(「文春文庫」)
とある。
 揃うから「ゾロメ」というようになり、競馬でよく使われる。近頃は「タメ」もかなり市民権を得た言葉で、「ため齢(どし)」とか、「ため口」とかごく普通に用いられている。『広辞苑⑦』には、「相手と同程度の地位であることをいう俗語」と加わった。
 この種の隠語は、会計事務のIT化で、今ではほとんど使われていない。また外国出身の従業員が増えたという事情もある。
 自由が丘の巨匠「すし屋のケンちゃん」も、修業時代は使っていたが、今は他のお客さんにはわからないように裏の帳場に伝票を渡すので、忘れかけているという。
 お客が、「アガリ(お茶)」「オアイソ(勘定)」など、業界の隠語を用いるべきでない、という意見がある。それはそれで、いい。ことさら、ダリなど、ゲタやセイナンなどの言葉を覚える必要はさらさらないし、使うべきではない。こちらは、興味があるから、ちょっと調べて見ただけのことだ。
 夏目漱石が、「ろんじだのがれんだのという符徴を罵しるように呼び上げるうちに」と「硝子戸の中」に書いたのは、一九一五年のことだ。
 先日テレビで、新しく開店したばかりの中目黒のすし屋の主人が、裏の職人に「ピンシボ願います」と言っていた。「お客さんにおしぼりを一本差し上げて」ということらしい。
 聞いていて、あまり気分のいいものではない。江戸風のいなせな感じがなかった。「隠し言葉」も、使えば良いというものでもない。奥が深く、なかなか難しいものなのだ。(敬称略、2018・11・7)

次回の更新は「フラ」で、11月14日の予定です
筆者紹介
▽重金敦之(しげかねあつゆき)1939年東京生まれ。朝日新聞社、大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。著書に『作家の食と酒と』(左右社)、『食彩の文学事典』(講談社)など多数。

登場人物紹介
▽シンちゃん 氏名、住所不詳。1947年東京生まれ。横浜市内の開業医(老年精神医学、音楽療法)。学生時代には、伝説の若者週刊誌の臨時特派記者として、アメリカやシベリア鉄道経由でヨーロッパなどを放浪した。中国少数民族の詩歌を翻訳し、テニス、ワイン、バイオリンなど、幅広い好奇心の持ち主。筆者を「キョージュ」と呼ぶのは、敬愛と揶揄の意が込められている。