その16 冷や酒と親の意見は後から利いてくる

 知人の話だ。居酒屋で「ぬる燗」を頼んだら、若い女性店員は「出来るかどうか、店長に聞いてきます」といって奥に消えた。はて面妖な、と思ったら、どうも他国(よそ)の人らしい。そのうち「お燗に普通の酒を混ぜればいいんだ」という声が聞こえてきた。戻ってきた彼女から「出来ますよ」といわれても、なんだかなあ。せめてお客に聞こえないように指示してもらいたかった、とぼやいていた。
 相変わらず、「お燗」というと、「熱燗1本」と奥に通す店が多い。いちいち「普通のお燗」と余計なことをいわなくてはいけないらしい。「冷酒(れいしゅ)」と指定されている銘柄を「お燗」というと、「出来ません」という店も困る。「常温」を頼んでも、「全部冷やしてあります」などという店も癪(しゃく)にさわる。「熱燗」というのは、「ヒレ酒」や「骨酒」など特殊な飲み方で、通常は好まれない。
「冷酒」は、電気冷蔵庫が普及した昭和30年以降の飲み方だ。昔は「冷や」といえば、「常温」のことで、そば屋や居酒屋ではコップで出した。いわゆる「コップ酒」だ。あまり上品な飲み方ではなかった。
 一口に「お燗」といっても、飲む人の好みは千差万別で、次のような分類と呼称がある。(拙著『利き酒入門』講談社現代新書)
 ぬるいほうから温度を上げていく。

  日向(ひなた)燗 30度近辺 (大吟醸、5年以上の長期熟成酒)
  人肌燗      35度近辺 (吟醸古酒)
  微温(ぬる)燗  40度近辺 (純米吟醸)
  上燗       45度近辺 (本醸造)
  熱燗       50度近辺 (本醸造、普通酒)
  飛び切り燗    55度近辺 (普通酒)

 店には「お燗番」といって、「お燗」を専門に仕事にしている人がいた。客の好みの温度を記憶して、ぴったりの温度の酒を出した。銀座の小料理屋「はち巻岡田」の、先代の女将のお燗は有名だった。大阪の道頓堀のおでん屋「たこ梅」の錫製の二合徳利から錫のちろりに移し、同じ錫製の酒杯で飲む光景も忘れがたい。
 ついでに冷やの温度を冷たいほうから記すと。

  雪冷え      5度近辺  (吟醸生酒)
  花冷え      10度近辺  (純米吟醸)
  涼(すず)冷え  15度近辺  (大吟醸)

「日向燗」とか「涼冷え」などという言葉にはそこはかとない情感が溢れているではありませんか。
 酒の種類による適温を記したのは、あくまでも個人の好みの問題であって、参考にしていただければいい。先年亡くなられた「ひこ孫」や「神亀(しんかめ)」の純米酒で知られる神亀酒造(埼玉県蓮田市)の小川原良征前社長は、大吟醸でも「ぬる燗」を認めていた。

 落語にも酒の出てくる噺は多い。5升の酒を飲めるかどうかを賭ける「試し酒」は1升が入る大盃で、5回飲むわけだが、「常温」以外は考えられない。盃の回数が増えるごとに、酔いが増していくわけで、その様子をどう演じるかが、見どころとなる。
 昔からの格言に「冷や酒と親の意見は後の薬」とあるように、冷や酒は、口当たりがいいので、最初からすいすい飲めるが、後になって利いてくる。親の意見も時が経ってから思い当たることがある。冷やの酒は、つい飲み過ぎてしまうことを戒めている。
 落語の「夢の酒」は、昼寝をした大黒屋の若旦那が夢を見る噺だ。若旦那は父親と正反対で、酒が全く飲めない。向島の軒先で雨宿りをしていると、女主人から招き入れられ、酒と料理のもてなしを受ける。四畳半の部屋に床が敷かれ、女主人が長襦袢で入ってくるところで嫁に起こされた。嫁がやきもちから泣き叫ぶ声を聞いて、父親が仲裁に入る。
 嫁から、向島まで行って、件(くだん)の女性に叱言(こごと)を言ってくれと頼まれた父親は、普段したことがない昼寝をして、息子の夢の続きを見る。女性の家で、酒を勧められるが、火を落としたので、とりあえずは冷やで我慢してほしいと言われる。「私は冷や酒で失敗したことがあるから、燗が付くまでしばらく待っている」というところで、嫁に起こされた。叱言を言ってくれましたか、と聞く嫁に、「いやぁ、冷やでも良かった」というのがオチ。
 昼下がりの大店の父子と嫁のホームドラマだが、よくできている。酒好きの大旦那と下戸の若旦那の取り合わせが絶妙だ。夢の中の出来事に、やきもちを焼くところが落語だ。
「息子の夢の続きを親父がみるなんて、ありえませんよ」と、精神科医のシンちゃんがおいでなさった。なにせ医者のいうことだから、だれも反論できない。フーテンの寅さんだって、「お前がイモを食ったからといって、カミさんがオナラをするわけがないだろう」と正論をおっしゃっているではありませんか。
 淡島神社に願を掛けると、夢の続きが見られるという故事を噺の中に入れて、もっともらしくしてはいるが、そんなに知られた話しではないところが辛い。さらに淡島神社の存在もどこか曖昧だ。昔から「夢を見たら人に語るな」と言われるように、見た夢はあまりぺらぺら喋らないほうが良いようだ。『故事俗信 ことわざ大辞典』(小学館)には、他人の語る吉夢の話をもれ聞いて、その夢を取り大臣にまでなったという吉備真備の話(「宇治拾遺」)や、妹の見た吉夢を凶夢といつわり、源頼朝の室になったという北条政子の例(「曾我物語」)が記されている。

 長屋中の嫌われ者「らくだ」が、河豚に当たって死んでしまうところから始まる「らくだ」にも冷や酒が出てくる。本名は「馬」だから、馬之助か馬太郎で、大阪では卯之助となっている。「らくだ」というのはあだ名で、図体が大きく、のろのろしてあまり役に立ちそうにないものの形容だ。らくだの兄貴分と称する威勢のいい男が遺体を発見する。額には、匕首(あいくち)、他にも出刃庖丁に脇差、喉には竹やりの傷跡がある。志ん生によれば、「傷の見本」みたいな顔で、手斧(ちょうな)で削ったようだから、「手斧目(ちょうなめ)の半次」や、「脳天の熊五郎」、「弥猛(やたけ)の熊五郎」といった名前が付いている。
 たまたま通りかかったくず屋の久六を招き入れ、通夜の真似事をするといって、大家から酒と煮しめを取り寄せようと久六を談判に行かせる。大家は「あいつは家賃を払ったことが無いので、めでたいくらいのものだ」と毒づいて断ると、遺体を背負って「かんかんのう」を踊らせる。八百屋からは、焼き場まで遺体を運ぶための大樽と梶棒を巻き上げる。
 久六をこき使っているうちに大家から酒と煮しめが届く。無理矢理に酒を飲まされた久六が豹変して、立場が逆になるところが見せ場だ。落合の「火屋(ひや)」(火葬場)に二人でらくだの遺体を運び込むが、途中で落としてしまう。来た道を引き返し、路上に酔って寝こんでいた願人坊主(がんにんぼうず)を樽に積んで再び火屋に戻ってくる。願人坊主とは、「人に代わって願かけの修行・水垢離(ごり)などをした乞食僧」と『広辞苑⑦』にある。
 窯に入れられそうになった坊主は「あっちいっちい」と悲鳴を上げて「ここはどこだ?」と尋ねる。「ここは日本一の火屋だ」と教えると「冷やで良いからもう一杯」。「火屋」と「冷や」の駄洒落だ。長い噺にしては、サゲが今ひとつ物足りない。
 冷やではどうにもこうにも気分が出ず、熱燗でなくてはならない噺が「二番煎じ」だ。
 寒い冬の夜、町内の旦那衆が交代で「火の用心」の夜警をすることになった。番小屋に猪鍋を用意し、酒も持ち込んだ。これでは、冷やというわけにはいかない。土瓶か薬缶に酒を入れて直接火にかける。間の悪い時に、たまたま見回りの役人が覗きに来た。「これは煎じ薬です」とごまかすと、「拙者も風邪気味、ぜひ飲ましてくれ」といって、あらかた飲まれてしまった。「もう、一滴もございません」というのに、「無ければいたし方ない。拙者一回りしてくる間に、二番を煎じておけ」。火事を恐れた町衆と武士のやり取りが、江戸末期の時代の雰囲気を的確に描写している。

 池波正太郎の『鬼平犯科帳』に「芋酒」なるものが出てくる。池波さんが芋酒なるものを知ったのは小学校を出て、株屋に勤めている時だ。池波さんを可愛がった先輩の三井老人は孫のような若い奥さんをめとって、二人で暮らしていた。
 細かく切って湯がいた山芋をすり鉢ですってから酒でのばし、お燗にする。いかにも精が付きそうだ。本山荻舟の『日本飲食事典』には、「塩と砂糖を少し加えてもよい」、とある。これも熱燗でなくてはならない。三井老人は、「こいつをやらないと、若い女房の相手ができないのでな」と、眼を細めて言う。二人の暮らしぶりは後の『剣客商売』の秋山小兵衛と幼な妻おはるの「新婚生活」に色濃く浮き出ている。
 江戸時代から芋酒があったのを知った池波さんは、『鬼平犯科帳』の「兇賊」の中に登場させた。仲間とは組まないで、単身で盗みを働く盗賊を「ひとりばたらき」という。そんな老盗、鷺原の九平の表向きの稼業は、神田の柳原にある居酒屋、「芋酒・加賀や」の主人だ。
<皮をむいた山の芋を小さく切って笊(ざる)に入れ、これを熱湯にひたしておき、しばらくして引きあげ、擂り鉢へ取ってたんねんに摺り、ここへ酒を入れる。
 つまりねり酒のようにしたものを、もちいるときに燗をして出す。>(文春文庫)
 一種の精力剤のようなもの、と池波さんは記している。この九平の機転で、鬼平が殊勲を立てる話だ。
 原則をいえば、「冷やす」という文化は最近のことだ。暖かい酒を飲むのは日本酒に限らず、紹興酒やワインを温める場合もあるが、いずれも冬季の寒い時期に限られている。四季を通じ温めて飲むのは、日本酒くらいのもので世界的にも珍しい飲酒文化だ。燗酒の習慣は16世紀に清酒が登場してから、といわれる。以前は濁酒(にごり酒)が主流だった。
 温かいワインはドイツ、オーストリア、スイスなどのクリスマスマーケットやスキー場などでよく飲まれる。「ヴァンショー」(仏)とか「グリューヴァイン」(独)などと呼ばれるが、ワインにクローブ(丁子)やシナモン(肉桂)などの香辛料に、砂糖やレモンを入れる人もいる。お屠蘇の「屠蘇散」みたいにミックスしたスパイスが市販されている。赤ワインが多いが、白ワインを好む地方もある。
 シンちゃんは、「風邪を引いても、玉子酒なんてものは、あまり効果はありません」という。そういえば、落語の「鰍沢(かじかざわ)」でも、一夜の宿を借りた江戸の商人が、玉子酒にしびれ薬を仕込まれて危うく命を落とすところだった。シンちゃんは「酒は『命の水』になることもあれば、『諸悪の基』という言葉もあります」と妙に真面目な顔になった。まじめで小心なシンちゃんでさえも、過去にどこかで道を踏み外したことがあるのかもしれない。それが「冷や」だったか、「燗」だったかは、聞き漏らしたけれども。(敬称略、2019・1・16)

次回の更新は「四百四病の外」で、1月30日の予定です。
筆者紹介
▽重金敦之(しげかねあつゆき)1939年東京生まれ。朝日新聞社、大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。著書に『作家の食と酒と』(左右社)、『食彩の文学事典』(講談社)など多数。最新刊『淳ちゃん先生のこと』が
左右社から好評発売中。

登場人物紹介
▽シンちゃん 氏名、住所不詳。1947年東京生まれ。横浜市内の開業医(老年精神医学、音楽療法)。中国ウイグル族の詩歌を翻訳し、テニス、ワイン、バイオリンなど、幅広い好奇心の持ち主。筆者を「キョージュ」と呼ぶのには、敬愛と揶揄の意が込められている。敬虔なキリスト教徒で、最近リスボンからスペインの聖地、サンチャゴ・デ・コンポステーラへ巡礼した。