第3回 二日酔いに喝!喝!喝! -張本勲に学ぶ

 日曜の朝は憂鬱だ。8時40分頃に『コバルトの空』をアレンジした曲が流れると、身構えてしまう。いや、この原稿を書くまで、曲名を知らなかったので、タンタカタカタカタンタカタカというリズムが流れるとか。

 頭ではわかっている。これはテレビのモニター越しの話であって、自分には関係ない。だが、ここまで喝、喝言われると「おれ、悪いことしたかな」と思えてくる。確かに前週を振り返っても、息も絶え絶えに記憶がない状態でベッドに崩れ落ちている日々の連続だ。

その時_張本

 そもそも、日曜の朝も土曜の深酒で頭が痛い。喝、喝言われても、弁解の余地はない。見なければよいが怖い物みたさで見てしまう。チャンネルを『サンデーモーニング』(TBS系列)から変えればよいのだが、断続的とはいえ顔を真っ赤にしながら、喝だ、喝!言われたら、そんな単純なことまで忘れてしまう。

 とはいえ、本連載を始めてふと思った。毎週のようにネットを炎上させ「おまえに喝だ!」とネット民に言われている張さんならば、酒を飲んだら、すごいのではないか。

 どう考えても酒を飲みまくっていた風貌である。日本野球で史上初の3000本安打を達成する前に、レミーマルタンを3000本くらいガブ飲みしているはずである。昼も夜も安打製造機だったはずである。もはや死語どころか化石のような昭和の例えが恥ずかしいが、いかんせん、張さんである。使わざるを得ない。

 もちろん、泥酔エピソードを発掘する勝算はある。愛甲猛が書いた『球界の野良犬』(宝島SUGOI文庫)の張さん周辺のエピソードがぶっ飛んでいたからである。

デッドボールをきっかけに両軍選手がマウンドに駆け寄ってきた。一触即発、まさに乱闘が始まろうかというその瞬間、ベンチから張本さんが飛び出てきた。「おまえら!全員野球できへん身体にさすぞ!」。その一言で乱闘は回避された。大げさではなく、その場にいた選手全員を震えさせるドスの利いた声だった。後にも先にも感じたことのない迫力である。

ロッテナインの乗ったバスが、ヤクザとおぼしき連中の車に塞がれたことがある。事情はわからないが、怒り心頭のヤクザに対し、張本さんはたった一人でバスを降りていった。時間にして5、6分。何事もなかったかのような顔で張本さんはバスに戻ってきた。

 シラフで「おまえら!全員野球できへん身体にさすぞ!」と一喝し、ナインの乗ったバスがヤクザにふさがれれば、一人でバスを降りて多勢に無勢でも話をつけちゃう張さんである。酒ネタはごろごろ転がっているはずだ。下戸だったら喝だ!と鼻息荒く調べ始めたのはいうまでもない。

レミー・マルタン

 失敗談は対談形式でポロッと喋ってる場合が多い。「本人よりも本人に詳しい」インタビューアー・吉田豪が張さんにインタビューをしていたのが記憶にあったので、「最低でも一エピソードは確保できるはず」と『男気万字固め』(幻冬舎文庫)を心躍らせて捲ってみた。

 ところが、である。どうしたんだろうか。捲っても捲っても喧嘩のエピソードばかりで、ちっとも泥酔していないじゃないか、張さん!

 全く触れていないわけではない。入団4年目、MVPを取った1962年のシーズンオフに、銀座通いで酒と女に溺れて、翌年、成績が低迷したことを認めているのだが、詳細は語らない。前年の打率3割3分3厘が2割8分にまで急降下しているので、相当遊んでいたのではと思わせるのだが、さらっとながす。

 自分の泥酔姿は語らないのに、大先輩の力道山については「まあ、あの人にくっ付いて随分迷惑もしましたよ。飲むと暴れるから(笑)」と口も滑らか。酔っ払うと、止めても吹っ飛ばされるし、店を壊すし、極めつけは、コップを食べるとか。「薄いコップが美味しいんだって(笑)」と知られざる力道山の一面を吉田豪にうれしそうに披露する。張さんが何でコップ食べないんだ!欲しいのはそこだよ!。

 対談が無理ならば、評伝には転がっているかと『誇り 人間-張本勲』(講談社)を躊躇しながら購入してみたら、「プロ野球界で自滅する選手の原因はたいてい決まっている。酒か女か博打である」との記述を発見してしまった。ウキウキしながら読み進めると、「勲はもっぱら銀座で酒と女を楽しみ、フライヤーズ選手相手に麻雀でうさ晴らしをしていた」とあるのだが、どのように楽しんだかは一切記されていない。

 清廉潔白を演じたいのかと思いきや、高校時代の友人で元ヤクザの組長である山本集の『浪商のヤマモトじゃ!』(南風社)には「契約金を手にしたハリの奢りで女郎買いをしたり」と暴露されている。悪事ネタはタブーなわけでもなさそうだ。

 対談集と評伝が空振りだったので、新聞記事、雑誌記事を有料検索してみたが「張本勲 泥酔」の検索結果はまさかのゼロである。喝だ!よくわからないが、とりあえず喝だ!言わないと気が済まない。

 仕方がないので、「著者 張本勲」の本を地道に調べることにした。本棚に「張本勲著」が並ぶ日が来るとは思わなかったが、背に腹はかえられない。

 「球界のご意見番」を自認する今ならともかく、昔は脇が甘かったはずである。一昔前の『暴れん坊のリーダー学 個性を伸ばすリーダーの器量』(実日新書、1982年)を購入してみた。

 ところが、どっこい。タイトルに「暴れん坊」とあったので期待大だったが、全く暴れていない。終始、野球論を語り、「最近の若者は練習しない」と力説。2016年時点で日曜の朝に語っていること同じことを説いている。エジプトの壁画か。30年以上前からぶれていない張さんはある意味凄いが。

 肩すかしを食らいつつ、次に『勇気をもってぶつかれ 生きる技術・闘う技術とは』(日本経営指導センター、1983年)を勇気をもって、買いもとめた。想定外の「はりさんぼん2冊目」の購入。ありったけの勇気である。知人が家に遊びに来て郷ひろみ『ダディ』(幻冬舎)を発見された時も恥ずかしかったが、張さんに生きる技術やリーダーシップを学ぶ姿はできることなら隠しておきたい。

その時_野球
 脱線したが、こちらでは期待を持たせる記述を発掘。長い旅路も終わりそうで一安心である。吉田豪のインタビューと同じくMVPを獲得した年のオフに遊び回ったことについて言及しているが、「周囲はチヤホヤする、毎晩お座敷はかかるで、それまでの四年分をいっぺんに取り返すかのように遊び回った」ともの凄い前のめりな書きっぷりである。どんな醜態を晒したんだと期待に胸を膨らまして進めると、

そのツケがまわってきたのは、翌年の春である。裸になって背中を鏡に映してみると、濶背筋がゲッソリと殺げ落ちている。私は、愕然とした。-中略-不摂生が、知らぬ間に、そこまで私の身体をむしばんでいたのだ

 ちがーう。原因から結果に至る過程を知りたいんだよ、そこで何が起きたんだよ、張さん!「1週間に8日は銀座に行ったよ、ガッハハハ」とか笑ってくれよ、張さん。そもそも、「かつばいきん」って難しいよ。なかなか変換出来ないよ。

 頭を抱え、「もう、とりあえず、酒、飲んで暴れてくれ、張さん」と新聞記事の検索を「張本勲 酒」でやり直した。当初は、膨大な数が引っかかると思い、躊躇したのだが、あまりにも酒エピソードがなく、奥の手に出るしかない。

 ところが、これまた、拍子抜けなのである。野球漫画『あぶさん』の主人公である景浦安武のモデルになった、酒豪の永渕洋三の記事に溢れているのだ。何で検索にヒットするかと読んでみると、チームメートとしてちらりと登場する張さん。喝、喝、大喝じゃ!調べながらこちらの酒量ばかりが増えていく。張さんが主体の記事も検索に辛うじてヒットしたが、前述のMVP直後の銀座話である。

 「おいおい、ここまで、引っ張って、張さんから学ぶことなんて全くないじゃないか」とお叱りを受けそうだが、張さんはもの凄い大きな示唆を与えてくれている。

 いかにも飲んでそうな奴は泥酔エピソードを披露しないことで大物感が増す。「天下はとった。恐いものはない。これでいける」(『誇り』より)と確信した20代前半の張さんが銀座で豪遊して何もないわけがない。いや、もしかしたら、酒場での振る舞いはきれいなのかもしれない。ドスやら女郎やらの言葉飛び交う本の中でも泥酔につながる記述はないわけだし…。想像が膨らむばかりだ。

 「球界のご意見番」も「社内のご意見番」も同じだろう。酒の失敗は語ることで親近感が増す人もいるが、ご意見番クラスは威厳が必要。黙っていれば勝手に周囲が無頼な物語を想像したり、良く捉えてくれたり、中身はともかく無駄なオーラは出るかも。

栗下直也(くりした・なおや)
1980年東京都出身。業界紙記者の傍ら、書評サイト「HONZ」や雑誌『本の雑誌』、週刊誌に書評を執筆 する。新橋系泥酔派を自認するが、酒場詩人は目指していない。辻潤の研究がライフワーク。
Twitter @naokurishita