第4回 目が覚めたらそこは、警察だった ー河上徹太郎に学ぶ

 年が改まり20日ほど経ったが、怯えている。いつ、見知らぬ場所で目が覚めるのかと。
 
 年末は、かつてのように、池袋で飲んでいたのに高尾山の麓にいたり、横須賀線で千葉県と神奈川県を夢見心地で地味に走破して逗子で途方に暮れたりはしなかったが、軽傷は負った。神田にいたはずなのに、埼玉方面の自宅とは正反対の神奈川県の日吉にいたり、大手町で飲んでいたのになぜか渋谷の路上で寝込んでいたり。当然ながら終電は逃している。

 いかんせん、郊外に住んでいる薄給の身としては、財布にもきついし、精神的、体力的にもしんどい。そんな時に、思い浮かべるとにやけてしまい、勇気がわいてくる存在が河上徹太郎だ。

kawakami

 21世紀の若者には、おい!誰だよって感じで馴染みが薄いだろうが、小林秀雄と双璧をなす同世代の文芸評論家だ。小林秀雄、西谷啓治、亀井勝一郎、諸井三郎ら当時のオールスターとも呼べる論客13人が集った座談会「近代の超克」で司会を務め、座談会を収録した『文学界』には「混沌暗澹たる平和は、戦争の純一さに比べて、何と濁った、不快なものであるか!」と書いている。

 戦後には戦争を肯定したとして糾弾されるわけであるが、当然ながら本連載では、その件はどーでもいい。気鋭の評論家であった河上氏が、思わぬ形で警察のお世話になっている件から、今回は学びたい。

わたしはまだブタ箱というものの経験は無いが、先日初めて警察のトラ箱という施設のお世話になった

 「わがトラ箱記」に河上は警察のトラ箱に世話になったと記している。トラ箱とは最近はあまり耳にすることもなくなったが、泥酔者を保護、留置するために、警察に設けられた保護室である。

 なぜ保護されたのか。当然ながら河上の記憶はおぼろげなのだが、銀座で赤ワインを飲んでいたら、知人に会い、ブランデーを一本あてがわれたので手酌で飲んでいたところ、記憶がなくなり、気づいたら警察のリノリウム張りのベンチで寝ていたというのだ。

酔

 単なる酔っ払いである。近代やら、超克やら、戦争の意義について賢いことを発言していても、所詮、泥酔者に過ぎない。新橋系サラリーマンならば万歳三唱で迎えなければならない。もう、河上などと書かずに「てっちゃん」と親しみを込めて呼びたい。

 こうした状況下では、常人ならばあたふたするか、呆然となるか、恥ずかしくて言葉を失うかのどれかだろう。てっちゃんがすごいのは冷静きわまりないところだ。
 
 近場に住む妹夫妻が迎えに来るのだが、帰り道で河上は夫妻に「あすこのおまわりさんはホテルのボーイさんみたいに親切だね」とよくわからない分析を示す。

 確かに保護してくれた上に、家族に連絡して迎えを呼んでくれるなんて、酔っ払いにとっては願ったりかなったりのような気もするが。係官をホテルのボーイと比較する視点は、斬新すぎて盟友の小林秀雄も言葉を失うであろう。近代をついに超克したよ、てっちゃんは。記憶をなくしながら。

 加えて、顔面を負傷して、財布もなくし、無一文なのに帰り際には「いろいろお世話になりましたが、御礼にウイスキーで皆さんと乾杯したいけど、どこかで手に入りませんか」と謎の気遣いを発動して、差し入れしようとする。そもそも、まだ、飲む気かよ。

ブランデー
 知識人独特の世間ずれを通り越して、リアクションにこまるのだが、河上が自らの出来事を友人で評論家の吉田健一(元首相の吉田茂の息子)に話すくだりで世間との乖離を感じざるをえない。

 トラ箱の体験を吉田に語ると吉田は「むかしバスティーユの牢獄へはいった貴族は下男や料理番を連れ込んだそうですよ」と全く動じず返答する。どんな反応だよ。それに対して、てっちゃんは「じゃあ女は?」と問いかける。じゃあ、じゃないよ、じゃあ、じゃ。

 このエピソードは、てっちゃんこと河上徹太郎がどこで目を覚まそうがひるまない強靭な精神力を持ち合わせていたといえば、それまでだが、不測の事態の時こそ、発想の転換が必要なことを示唆しているのかも知れない。「警察」を「ホテル」って捉え直すような柔軟性が窮状を打破するのだ。
 
 とはいえ、河上に倣おうとしたところで、終電がないから、パトカーに乗るにはハードルが高い。トラ箱でなくブタ箱日記を書くのは御免である。

 本稿を書くために調べ直して驚いたのは河上氏がトラ箱を体験した時の年齢。70歳。そんな老人になりたいものだと思うのだが、トラ箱への収容者は近年めっきり減っている。

 警視庁ではトラ箱として各警察署以外にも専用の泥酔者保護所を設けていたが、07年に閉鎖した。最盛期には都内4カ所で年間1万人以上の泥酔者を収容していたが06年には約500人まで減少。河上がトラ箱(鳥居坂保護所)にお世話になった72年は泥酔者保護所に収容された泥酔者が年間1万2798人で最も多い年だったという。

栗下直也(くりした・なおや)
1980年東京都出身。業界紙記者の傍ら、書評サイト「HONZ」や雑誌『本の雑誌』、週刊誌に書評を執筆 する。新橋系泥酔派を自認するが、酒場詩人は目指していない。辻潤の研究がライフワーク。
Twitter @naokurishita