第5回 ヤクザに殴りかかってはいけません! -三船敏郎に学ぶ

 「たまにはメジャーな偉人から学ぼう」と今回は三船敏郎を取り上げるのだが、三船は1980年生まれの私には縁遠い存在だ。

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 古い映画を見ないわけではないが、「世界のミフネ」より「柴又のアツミ」を好むからかもしれない。学生時代に『男はつらいよ』のシリーズ第38作「知床慕情」を見て、「きったねー頑固おやじがでているなー」と思っていたら、後にそれが三船と知り、仰天したくらいだ。アツミの遠慮が透けて見えて、無駄な大物感が出ているなと思ったら本当に大物だったわけだ。

 劇中では世界のミフネがやもめ暮らしで、その娘が竹下景子。はらたいらより竹下景子派だった私は「おっさん、竹下景子にそんな態度をとるな!」と激高したものだ。

 そんなわけで、今でも「三船敏郎」と聞いても内縁関係にあった女性の娘の元夫がハーモニカを吹きながら歌っていた光景しか頭に浮かばない。

ちょうど一年前に この道を通った夜昨日の事のように 
今はっきりと想い出す

 THE 虎舞竜の歌詞ははっきりと思い出せても、三船の顔は思い出せない。グーグルでイメージ検索をかけたほどである。

 それでも取り上げるのは、昭和の役者には酒飲みが多いからだ。先日亡くなった松方弘樹の豪儀な伝説に驚いた人も多いだろう。

京都で超一流のステーキ屋に連れてってくれたときは驚いたよ。なんと5人で食いにいって、その勘定が2000万円だぜ-中略-それを松方さんがぽーんとひとりで払っちゃうんだからね(ビートたけし談)。

 松方の飲み方があくまでもきれいだったと伝えられる一方、日本を代表する俳優である三船敏郎は、若かりし頃の顔はきれいだが、とんでもない酒乱として知られるから面白い。

 『評伝 三船敏郎 サムライ』(文春文庫)によると、三船はウイスキーのボトルのふたを開けると飲みきらないと満足しなかったとか。一滴も残したくない性格のため、毎晩のようにウイスキーのボトルが空になるのだから、酒量は増すばかりだ。

 三船も危機意識はあったのか、何杯目かを飲むときには必ずコップに印をつけて、それ以上、飲まないようにしようと心がけていたが、いつもラインを越えてしまっていたという。酒飲みの悲しい性であるが、ラインを越えると、ころっと人が変わり、怒鳴り散らすというから迷惑きわまりない。

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 そんな状態で、眠ってくれれば周囲はまだ安心だが、「世界のミフネ」は酔いっぷりもワールドクラスだ。
 
 酔ったまま、殺陣の練習と称して、庭に出て真剣を振り回していたというから周囲は毎晩ヒヤヒヤである。家族は周囲にどうにかしてくれと懇願したが、あの黒澤明でも止められなかったというから仕方が無い。そのパワフルさに脱帽。
もはや一人で七人の侍状態ではないか。

 誰もが困ったはずなのに、昔の出来事は美化されるものである。関係者はこう振り返っている。

彼のチャンバラ、立ち回りというのは、腰が据わってるしね。他の役者と違うのは、そういう異様にも見える鍛錬があったからなのよ-中略-日々の努力がかなり大きかったんじゃないかな

 おいおい、大丈夫か。酔っ払って制止を振り切っての真剣ブンブンは鍛錬なのか、努力なのか。そもそも、「異様にも見える」のではなく、どうみても異様である。

 泥酔状態では敵無しに映る三船でも肝を冷やした経験がある。『映画俳優 安藤昇』(ワイズ出版)では伝説の愚連隊を率いた安藤にからむ三船の姿が語られている。

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 べろべろに酔った三船と初対面の安藤がタクシーに乗ったところ、いきなり三船が理由もなく、顔を殴りつけてきたのだから穏やかでない。初対面なのだから安藤も怒りを抑えきれない。

思い切り三船を蹴飛ばし、車から引きずり落として、ボコボコになるまでぶん殴って、半殺しの目に合わせたんだ

 道路に気絶した三船を置いて、そのまま安藤は家に帰ったとか。三船は映画撮影中だったが、全身包帯だらけに追い込まれたため、現場は大混乱だったらしい。

 今回の教訓は連載5回目にして至極まっとうかも知れない。「世界のミフネ」だろうが、「きったねー頑固おやじ」だろうが、泥酔して狼藉を働けば、殴られるときは殴られるのだ。前後不覚になろうとも、真剣を家族に振り回そうともかまわないが、人間、絡む相手だけは間違えてはいけない。竹下景子も助けてくれない。

栗下直也(くりした・なおや)
1980年東京都出身。業界紙記者の傍ら、書評サイト「HONZ」や雑誌『本の雑誌』、週刊誌に書評を執筆 する。新橋系泥酔派を自認するが、酒場詩人は目指していない。辻潤の研究がライフワーク。
Twitter @naokurishita