第6回 国会で泥酔したら -大蔵大臣・泉山三六に学ぶ

 酒を飲み、正体不明になることは恥ずかしながら少なくないが、パワハラにもセクハラにも無縁なのが自慢だ。考えてみれば、ハラスメントする組織内のパワーと部下を持っていないだけのような気もするのだが。とにもかくにも、酒を飲んでぶっつぶれることはあっても、他者を拳でぶっつぶしたり、いきなり女性に下ネタを囁いたりもしない。

 「そんなの当たり前だろ」とサラリーマンの方々にはお叱りを受けそうだが、政治の世界では昔から破廉恥な行動や発言は少なくない。
 
 中でも酒を飲み、国会内で泥酔し、歴史にのこるセクハラを起こした政治家といえば元大蔵大臣の泉山三六だけだろう。

大臣
 
 1896年生まれの泉山は東京帝大を卒業後、三井銀行に入行。日銀総裁も務めた三井財閥の総帥・池田成彬に目をかけられ、戦後に政治家に転身する。池田の「使ってやってくれ」の一声で当時の首相の吉田茂は一面識もない泉山を蔵相に起用したというから、昔も今も、世の中コネと運である。
 
 泉山の自伝『トラ大臣になるまで』(新紀元社)を読むと、現代と時代が違うとは言え、泉山の泥酔の酷さには呆れるのを通り越して、微笑ましくもなる。
 
 1948年(昭和23年)、国会も終盤を迎え気が緩んだか、中断中に夕刻の会食で泉山は酒をガブ飲みする。大臣室に戻ったものの本人の記憶では、「自分の椅子に腰を卸してからが、私には朦朧として記憶がない」とかなり危うい。周囲の人間が「無理矢理にゆり起こしたそうだが、それでも起きなかった」。てか、なんで自伝が書けたのか謎である。
 
 本会議が始まり、取り巻きに部屋から連れ出され議場に向かうものの、「朦朧どころではない、丸で解らない」状態。「苦しくなって議場横の廊下でソファーに寝そべった」というから大臣辞める云々の前に大人としてどうなんでしょうか。
 
 当然ながら、野党の面々に見つかり、「サア大蔵大臣の泥酔、これをたたけ」と総攻撃を食らう。その上、食堂や廊下で他党の女性議員に抱きついたり手を握ったり、キスしたり、かみついたりしていたことも発覚。野党に追及されている最中、当の泉山は車に乗せられ、匿われる。「お濠ばたを三回もグルグル廻って、官邸へも逃げ、自宅にも隠れた」とか。

トラ

 ヤバイ奴は表に出すなは今も昔も変わらないが、泉山は前後不覚のくせに国会に戻れと車中でぶち切れる。お付きの者は渋々、国会に戻るも、当然ながら人様にお見せできる状態ではなく、医務室へ直行。注射を打つも、医長は驚愕する。「瞳孔が開いていたとのこと。これが大問題となって、後に司直の手が延びることになったのも、このためであった」。もう、セクハラがかすむ泥酔劇。そのまま医務室で寝てればいいのに、酔っ払いにもプライドがあるのか「良心が咎めてか、こうしては居られないと呶鳴って医務室を出た」ものの、そこを写真に撮られる。「これデカデカと翌る日の新聞に出されて、天晴れ天下のさらし者となってしまった」。ここまで、やることなすこと全てが裏目に出るのも珍しい。
 
 後に警察が調べたところでは、夕刻の会食での酒の量は居合わせた20人の合計でビール2ダース。泉山は「ナアンだ、そればつちのものなら、ワシ獨りでも呑み量ではないかと笑った」と述懐しているが、言うほど呑めてないから大惨事になっていることに気づいてないのか。酔ってなくても、発言の破綻ぶりがちらほら。
 
 結局、泉山は翌日、当時首相であった吉田茂に辞表を提出するのだが、ここからが泉山劇場の第二幕。泉山は、暇をもてあまして、自宅で揮毫(きごう)にふける。「酔眼朦朧」って書いていたらしいが、反省しているのか、していないのか。

ビール
 
 政治生命は完全に絶たれたかと思いきや「辞めっぷりが良い」と世間はなぜか評価。知名度が逆にあがり、「信を天下に問う」と、復活を期した選挙では全国区であった当時の参議院選挙で370人の候補者中7位で当選。街頭演説中も「あまり酒を飲むなよ」と大人気だったという。高松市を訪れたときは「我々関西や四国などには、ドダイ大人物は出ませんよ。国会でキスをするなんて、桁はづれの大物はいないです」との声もあがる。
 
 人生、どう転ぶかわからないと結ぼうとしても、世の中が酒に寛容だった上に、「セクハラ」という言葉がない遠い昔の話であるだけに、今回ばかりはサラリーマン諸氏の教訓にはならないか。
 
 余談だが、当時、20代だった女優の浅香光代は「男がキスぐらいしたって、どうってことないじゃないか」と擁護したことで、泉山と昵懇になり、その縁で紹介された大物政治家の子どもを身ごもることになる。


栗下直也(くりした・なおや)
1980年東京都出身。業界紙記者の傍ら、書評サイト「HONZ」や雑誌『本の雑誌』、週刊誌に書評を執筆 する。新橋系泥酔派を自認するが、酒場詩人は目指していない。辻潤の研究がライフワーク。
Twitter @naokurishita