第7回 「酒乱」のレッテルを貼られたら -黒田清隆に学ぶ

 酔うと迷惑な奴はあなたの周りにもいるはずだ。普段は無口なくせに陽気になり、一人で水のようにガブガブ飲み、気づくと寝ている私のようなタイプもいれば、驚くほど好戦的になる人もいる。後者は、いつ豹変するかわからないので、同席してしまった場合、酔いながらも、おちおち寝られない。

 彼らは、店員にも、周りの客にも絡み、時には暴言を吐く。なぜか私が平謝りし続けたことも一度や二度ではない。酔っ払いが酔っ払いの不始末をおそらく酔っ払いに謝る居酒屋地獄絵図である。

 暴言で収まればよいが、手や足が出だすと厄介なことになる。さすがにそのような者は最近は身近にはいないが、偉人の中には、以前紹介した三船敏郎のように手や足どころか刀を持ち出すような者も少なくない。だが、さすがに妻を斬り殺した疑惑をかけられた者は、黒田清隆しかいないのではなかろうか。

 黒田清隆と聞いても、多くの人にとっては、「大日本帝国憲法公布時の首相」として中学の歴史の教科書に出てきた程度の認識だろう。

黒田清隆

 黒田は、薩摩藩の最下級武士の家に生まれ、戊辰戦争では鳥羽伏見から五稜郭まで転戦。陸軍中将、参議、北海道開拓長官を歴任、西南戦争では征討参軍として、薩軍の背後を衝く戦功を立てる。西郷隆盛、大久保利通の死で薩摩派の頭領になり、明治21年に伊藤博文の後をうけ、2代目の内閣総理大臣に就任した。

 略歴らしい略歴を書けば上記のようになるのだが、本稿で彼を取り上げるのは、黒田清隆の功績をたたえたいわけではない。先にも述べたように、妻を惨殺したことが既成事実化されるほど酒癖の悪さの持ち主だからだ。

 確かに、黒田は刀が趣味で、酒を飲みながら刀を抜くなど少しばかりクレイジーなところがあったという。だが、時代が時代だ。少し前まで、刀でバチバチやってたわけだし。いきなり路上で斬りかかってたわけだし、抜くぐらいいいじゃいない。

 肝心の妻殺しだが、妻を斬殺したとは、本人は当然ながら喋っていない。証拠もない。恐ろしいのは、それにもかかわらず、「黒田は妻を殺した」ととほぼ事実として言い伝えられていることである。「あいつならやりかねない」と。

 明治11年3月の夜、泥酔して帰宅した黒田は、出迎えが遅いと腹を立て、妻せいを斬殺したと伝えられる。せいは旧幕臣旗本の娘で23歳だった。

 当時38歳の黒田は新政府最高位の参議の一人。黒田惨殺を、新聞「団々珍聞」がスッパ抜いたことで世の中は騒然となる。辞任は免れぬ情勢だったが、時の最高実力者で同じ薩摩出身の大久保利通が、もみ消しに走る。腹心の大警視川路利良が自ら夫人の墓を暴いて検視に当たる。川路は掘り起こした後に、辺りをにらみつけながら、「他殺の形跡なし」と報告して一件落着したという。これが日本の伝統芸「忖度」の発祥とされている。たぶん。

 司馬遼太郎の『翔ぶが如く』にも「泥酔してもどった黒田が、ささいなことから妻を斬り、死にいたらしめたらしい」とある。大久保の意を受けた、川路が墓を掘って「他殺の形跡はない」と決めつけたとも書いている。

 国民的ベストセラー作家の記述も手伝い、もはや黒田が妻を斬り殺したのは間違いないという話が現在では通説になっているのだ。

酒

 司馬は黒田を「一定量の酒精が入ると人格が一変するという点では、かれに見るほどの典型症状はすくないにちがいない」ともしており、上役の「三条実美や同僚の伊藤博文、井上馨ですら(中略)乱酔中のかれから罵倒されたり、ピストルでおどされたりした」と書いている。アルコールなら何でも摂取したがるかのごとく、脅すのなら刀もピストルもなんでもござれな感じが確かに酒乱っぽい。

 とはいえ、司馬に限らずだが、黒田の妻殺しの記述は、酒癖が悪い奴は妻も切りかねないと決めつけている感がいささか気になる。実際、黒田の妻殺しは、少し調べるだけで、妻の惨殺シーンの状況が違ったり(例えば黒田が激高する理由が出迎えが遅かったでなく、妻が芸者遊びを咎めたのが原因とか)、事後に火消しに走った大久保の関わり方が異なったりしているのだ。

 というわけで、時空を超えた泥酔仲間の私としては何だか黒田が不憫になってしまうのだ。首相経験者がピストルで仲間を脅したり、妻を惨殺したりしては末代までの恥ではないか。勢いで「末代までの恥」と書いたが、余談だが、驚くなかれ、実際、末代までこの事件はひきずっている。

 平成17年1月5日の朝日新聞朝刊によると、黒田清隆のひ孫の黒田清揚さんの体験を紹介し、「酒席で、『おおこわ。黒ちゃんの隣に行くとたたき斬られちゃう』と揶揄(やゆ)されたこともあったという」と紹介している。当時、74歳の清揚さんは「あんまりだ」と憤っているが、確かにあんまりである。「やーい、お前のひいじいちゃん、嫁さん殺したんだろ」って、まるで子供のいじめである。こわいのは、おまえらだ。

 清隆のみならず清揚さんまで可哀想になり、俄然やる気になって資料を探してみたら、意外にも簡単に衝撃的な一冊を見つけてしまった。

 その名も『追跡 黒田清隆夫人の死』。そのまんまである。何が凄いって、タイトルからわかるように、完全に黒田が殺したことが前提になっている点だ。まさに、黒田だけに、クロだ。

 って、冗談はさておき、同書によると、新聞に黒田の妻殺し疑惑をすっぱ抜かれたことで、反政府運動につながりかねず、政府は黒田問題に動き始める。

 焦った政府は臨時閣議を開催。同書では、参加者のひとりであった岩倉具視に命じられ、カーテン越しに閣議を盗聴していた者が事件から30年以上経った明治45年に告白した内容を検証している。さらっと書いたが、カーテンに隠れて盗聴である。閣議を盗聴させる岩倉具視の方がよっぽど、清隆より恐い気がするのは私だけだろうか。

 告白内容で、いきなり驚くのは、当時も真相は不明だったが、斬り殺したのではなく、蹴り殺したのが有力だったとしていることだ。斬り殺したと蹴り殺したでは一文字違いだがかなり印象が異なる。どちらにせよ殺しているんだけど。

閣議は薩摩と長州の政争の具にされたところもあり、紛糾したという。薩摩出身の黒田の醜聞とあり、ここぞとばかりに長州出身の伊藤博文が「掘れ!墓を掘って検視しろ」と激しく主張したとか。一国の未来を左右しかねない閣議で「掘れ!」と激高って。登場人物がみんなダークすぎるわ、明治政府。

 一方、出席者の一人である大木司法卿は伊藤に対して、証拠もなくそんなことはできないと述べる。確かに、斬り殺したなら一目瞭然だが、蹴り殺しては解剖が必要であり、そんなことは尚更難しい。議論は平行線をたどったところ、最高権力者の大久保が意見を求められ、「大久保をお信じくださるなら、黒田もお信じ下されたい」と発言し、さすがの伊藤も黙らざるをえず、みな、納得して、閉会したという。

 つまり、閣議の流れからして、大久保が追い込まれて、墓を掘り起こすような指示を出したようなことは考えにくく、閣議後も、反政府の動きが高まることはなかったというのが、盗聴した者の当時の認識なのである。

 もちろん、この内容だけで、黒田が妻を殺してないとも、大久保が墓を掘り起こすことを命じてないとも決めつけられない。問題は事実がここまで曖昧でありながら、黒田惨殺説と墓掘り起こしが現代にまで広く浸透したかである。

 投げかけといて申し訳ないが、答えは簡単である。ここまで、黒田を擁護するような立場にありながら、星一徹のようにちゃぶ台をひっくりかえしてしまうが、黒田は確かに疑われても仕方がないといえば仕方ないのである。

 惨殺疑惑の2年前。黒田は、明治9年の夏に黒田長官大砲事件といわれる事件を起こしている。北海道の開拓長官であった黒田は乗っていた船から突然、沖の岩礁を目がけて大砲を放つ。これが誤射になり、弾が落ちたのは漁師の斉藤清之助の小屋。破片が飛び散り、母屋にいた娘が重傷を負い、亡くなった。

0726_大砲
 砲撃の理由は謎だが、酒に酔った黒田が、船内で「少年よ大志を抱け」で有名なクラーク博士との議論にいら立ち、砲撃を命じたとの説もある。諸説あるのだが、結局、黒田はいずれにせよ酔っている。もはや、論点は、どのような酔いっぷりの末、砲撃したかでしかない。どう好意的に捉えても、酒乱である。

 司法権者であった当時の黒田が、罰金100円を船長に課し、船の監督から徴収した40円を清之助に埋葬料として渡し、収めようとした。当然、清之助は怒りが収まらず大問題になった。

 それにしても、酔っ払って住民を誤射である。酔っ払って住民を誤射である。あまりにも衝撃的だから2回書いてしまったが、居酒屋で小便器にしっかり放尿できずに、ズボンに誤射するのとはワケが違う。酔っ払って、カラオケで部屋がわからなくなり、見ず知らずの部屋に入り、女子大生に不審がられるのともワケが違う。スナックで前後不覚になり、つまずいて隣のテーブルに倒れこみ一触即発になるのともワケが違う。酔っ払って住民を誤射である。勇気が出てきたぞ。頑張れ、俺。

 小説の中でなぜか話が脇道に逸れる司馬遼太郎のように脱線してしまったが、黒田清隆の妻惨殺疑惑はまさに酔っ払いの悲劇を物語っている。結局、一度でも酔っ払って狼藉を働くと、もはや人を斬り殺そうが蹴り殺そうが不思議に思われないのである。冷静に考えると、黒田は一回、誤殺しているんだが。尤も、一番不思議なのは黒田が、薩摩派が西郷、大久保が死に人材が枯渇していたとはいえ、首相になっていることである。

 黒田清隆は教えてくれる。酒場で失態に失態を重ねるということは、もはや取り返しのつかないことなのである。パワハラやセクハラの疑惑をかけられた場合、酔っ払って出会い系バーに入ったところを同僚に目撃された過去があれば、「あいつなら、やりかねいない」と後ろ指をさされるのである。

 だが、同時に出世の道がたたれるわけでもない。後ろ指をさされる俺でも、部長、いや、役員にはなれるんじゃないのかとサラリーマンにあわい残酷な希望を与えてくれるのが黒田清隆なのだ。
栗下直也(くりした・なおや)
1980年東京都出身。業界紙記者の傍ら、書評サイト「HONZ」や雑誌『本の雑誌』、週刊誌に書評を執筆 する。新橋系泥酔派を自認するが、酒場詩人は目指していない。辻潤の研究がライフワーク。
Twitter @naokurishita