第8回 カネがなくても高級クラブで楽しむ ー小島武夫に学ぶ

 カネが無いときにどう呑むかというのが貧乏サラリーマンにとっては何とも大きな課題だ。呑みに行かずにじっとしていればよい、家で呑めばよい。そんなことができれば最初から、悩まない。カネが無いけど、銀座でレミーマルタンを呑めなくても、井川遥がハイボールを作ってくれなくても、しょんべん横丁で生ビールくらいは呑みたい。濁り酒で意識も白濁したい。そんなときもあるのさ。部屋で一人、「You Tubeみながら氷結」では嫌なときだってあるのだ。

 働けど働けどカネは増えず、節約に節約を重ね、呑みに行く手もあるが、それはそれで息苦しい。なんだか惨めになってくるではないか。石川啄木でなくても、ぢっと手を見つめかねない。どうしたものか。どうしようもなく後ろ向きな気持ちの時に「ミスター麻雀」と呼ばれた小島武夫の生き様を知れば、カネがなくても気にせず呑みに行く気が起きるかもしれない。

 麻雀は今では楽しむ人はめっきり減った娯楽の一つだろう。仕事仲間で卓を囲む光景をみることはサラリーマンの街新橋でも珍しいものになっている。かつてはサラリーマンの嗜みといわれ、「麻雀ができなければ出世に響く」と言われた時代からは隔世の感がある。

 麻雀ブームの最中に人気深夜番組「11PM」の麻雀コーナーなどテレビに多く出演し、タレントとして認知されるようになっていったのが小島武夫だ。


 
 小島が世に出たのは、「雀聖」と呼ばれ、『麻雀放浪記』で若者の心をわしづかみにした阿佐田哲也による後押しが大きい。阿佐田の著書『小説 阿佐田哲也』には、小島のタレント性を讃えるエピソードが盛り込まれている。
 
典型的な遊蕩児であった。呑む打つ買う、どれが劣るということがない。こんなふうに隙間なく呑み打ち買っている男は二人とあるまいと思えるくらいに、徹底している。

 世が世ならトリプルスリーと褒め称えられる大絶賛ぶりである。生来の楽天的で憎めない気質も手伝い、タレントとしての活動を広げていったのだろう。
 
 小島の著書『ろくでなし』にも「俺の人生は酒と女と博打がすべてだった。若いころからいままで、それ以外のことにはまったく興味がなかった」とある。なんだか羨ましいんだか羨ましくないんだかわからない人生だが、呑む打つ買うの中でも小島がとりわけ好きなのが酒だ。
 
酒を呑むようになってからいままで、ひと口も呑まなかった日は記憶にない。風邪を引こうが入院しようが、母が死のうが父が死のうが、どんなときでも喉に酒を通してきたー中略ーなにも予定がない日は、朝から晩まで呑んでいる
 
 雨にも負けず、風にも風邪にも負けずに酒まみれである。最近などハイボール5、6杯で前後不覚になり、タクシーに乗ろうとしたら転倒して、鎖骨を骨折したらしいが、懲りずに呑みまくる。酒に溺れすぎではと心配になるが、小島はこう言い切る。
 
『酒に溺れるべからず』と世間ではよく言われるが、俺は逆だと思う。酒にはとことん呑まれ、とことん溺れたほうがいい。そうじゃなきゃ、アルコールが入っている意味がない。ー中略ー酔い潰れると、身体は最悪な状態になるが、不思議なことに恐怖心が薄れ、あとから自分でも驚くような度胸が沸いてくるのだ

 後段の記述がかなり危ない空気を漂わせているが、あまり触れてはいけないような気もするので先を急ごう。売れっ子麻雀タレントとなった小島だが金回りがいつも良いわけではなかった。毎日酒浸りでおまけに家でちびちび呑む酒を「けち臭い」と切り捨て、高級クラブでオネーちゃんと30万円のレミーマルタンを呑むことに喜びを感じる小島なだけにお金はいくらあっても足りない。



 今から40年前に年収3000万円の時代に、年1億円も銀座や六本木にばらまいたという。当然ながら収支が合わないが、なぜ可能だったか。ツケである。

「カネがなくても呑めるのが、高級クラブのいいところである」と語る。入店から退店まで財布を開かずに出て行けると得意げだが、いつかは払わなきゃいけないのではないか。実際、ツケの請求も一括で払えずに、分割を頼んだことも日常茶飯事だったとか。

 ツケの支払いが済んでいなくても、平然と通うのが小島流。3万円しかないと泣きつけば座るだけで5万円とられる店でも3万円で飲めるらしい。「ママたちにしてみれば数ヶ月先の10万より目先の3万円」とどや顔だ。「けち」が嫌いなはずの小島だが、ちょいとセコい。
 
 サラリーマン諸氏からは「銀座の高級クラブの話など参考にならん」と猛抗議されそうだが、小島に学ぶべきなのは本人がいうところの「カネが貯まってしまうと、人間ろくなことがない」という発想だろう。資産家のようにカネがカネを生み、資産が爆増するならまだしも、一介のサラリーマンならば蓄財に目を血走しらせたところで、たかがしれているではないか。矢沢永吉でなくても、Are you happy?と問いかけたくなる。そもそもそんな生活楽しいかと。



 小島の場合、職業上、心に余裕が出来ると気持ちが守勢に回ってしまう側面もあっただろうが、外で楽しく呑むことが活力になり、何倍にもなって返ってきたとふり返っている。散財しろとはいわないが、こだわりにはカネを惜しみなく使うことが仕事の充実にもつながるのだ。

 とにもかくにも、呑みにいきたければ呑みにいけばよいのである。カネがなくても気にしない。いこいの酒場に、足繁く通って、3000円しかないと泣きつけば、それなりに飲み食いさせてくれるような関係を気づけば良いのである。

 ちょっと今回は自分で書いていても気持ちが悪いほど、まっとうなことを書いてしまっている。めちゃくちゃ、啓発してしまってる。真面目すぎて、連載が中止に追い込まれないか若干不安になっているんだか、どうしたものか。

栗下直也(くりした・なおや)
1980年東京都出身。業界紙記者の傍ら、書評サイト「HONZ」や雑誌『本の雑誌』、週刊誌に書評を執筆 する。新橋系泥酔派を自認するが、酒場詩人は目指していない。辻潤の研究がライフワーク。Twitter @naokurishita