第9回 電車に乗るのが嫌になったら ー横溝正史に学ぶ

 休日は昼から呑みたい。本当は朝から呑みたいが、日常的に朝呑みを始めると、平日でも朝から呑みたくなるのではと小心者の勤め人精神が邪魔する。呑みたい、呑みたい、呑みたい。葛藤に打ち勝つために、休日の午前中は予定を無理矢理にでも入れるようにしている。

 「小人閑居して不善をなす」とは言ったものだが、酒好きはまさに暇があると酒ばかり呑んでしまう。「犬神家の一族」や「八つ墓村」など金田一耕助シリーズで知られる横溝正史はまさに暇なので酒ばかり呑んでいたら大変な状態になってしまった人だ。小人とは言えぬ横溝ほどの作家でも暇だとがぶ呑みしてしまうのだ。



 横溝は昭和初期、専業作家になる前に編集者として会社勤務していた。とはいえ、午後4時くらいに顔を出すだけ。現代のブラック企業からは想像できない気楽な生活を送っていたらしい。本当は行く必要もなさそうな感もあるが、一日一回顔を出すのが生活のリズムになっていたようだ。何とも羨ましい限りだが、退社により生活が一変する。退社後の生活を『横溝正史読本』(角川文庫)ではこうふり返っている。

三十枚ぐらい。書いたら、もう九十円になるわ。ぼくのやめたときのサラリーが百五円だったから。することがないもんだから、朝から晩まで酒飲んでたの。ビールでしたね、その時分。メシも食わず、酒ばっかり飲んでたの。そしたら二日酔いでしょう、翌日。それでまた朝からビール飲む。あれ、ビールを一日どのくらい飲んだろうな

 当然、このような生活は長く続かない。昭和8年5月に銀座のカフェでいきなり吐血。周囲も本人も驚くが、一回血を吐いたら止まったので気にせずに呑んで、酔っ払って帰宅する。「どんだけ酒好きなんだよ、まわりも止めろよ」と思うが、案の定、血を吐きながらも呑み続けたのは体に悪かったらしく、翌日にコップに山盛りの血を吐く。
 
 妻が洗面器で受けたほどだったというから洒落にならない量のはずだが、後日、「メシ食わずに酒ばかり飲んでいたせいでしょうね」と語っている。「でしょうね」ってめちゃくちゃ他人事である。
 
 横溝は、このカフェで血を吐いて以降、体調が芳しくなく、戦中には病に伏せっぱなしの時期もあったが、期せずして充電期間になる。戦後にミステリーの第一線で活躍、60年代に松本清張など社会派ミステリーの登場で次第に作品点数は減っていくが、70年代後半に突如として人気作家に返り咲く。角川書店の角川春樹社長(当時)が同社が推進するメディアミックスの目玉に横溝作品を据えたからだ。

私はいちど世間からもマスコミからも忘れ去られていた作家である。それがたまたま昭和四十六年の春、「八つ墓村」が角川文庫にとりあげられたところ、それが意外な売れ行きを示して、またたく間に十万までいった。

 これだけ当たれば当然、引く手あまたになるわけで「あれもこれもと求められるままに渡しているうちに、だんだん点数が増えていった」と述懐する。当然、点数が増えれば、質が高くなかった作品も文庫化される。横溝の仲間内からも「沽券にかかわりますよ」と忠告されたものの、角川春樹の押しの強さで文庫化は続く。周囲の心配と裏腹に売れ行きは落ちず、「数年間に五百万突破、一千万部突破というように、小心者の私にとっては気の遠くなるような数字を示した」。懐も潤い、76年には長者番付で全体の22位、作家では松本清張、司馬遼太郎に次ぎ3位になったというから、いかに売れていたかがわかるだろう。
 
 晩年まで根強い人気を誇り精力的に執筆活動を続けた横溝だが、酒浸りの生活は日常に支障をきたす。狭い空間への恐怖である。吐血したのと同じ年の昭和8年に、東京駅から汽車に乗り、千葉で発作が起き下車して、それ以降、乗り物恐怖症に悩むことになるとされている。この原因については前述の『横溝正史読本』で作家の小林信彦との対談で本人が語っている。

 小林 ところで、先生の乗物恐怖症というのはどういうわけなんですか?
 横溝 やっぱり一種のアルコール中毒でしょうね。
 小林 本当にこわいわけですか。
 横溝 こわいですね、もう「止めてくれ!」こう言いたくなる。
 
 「でしょうね」とまたまた他人事である。金田一耕助はあちこちに汽車に乗り、出かけて事件を解決しているのに、横溝はまともに出かけることすらできなかったのである。実際、岡山県に疎開していた際に、笠岡市沖の六島をモデルに金田一シリーズ第二作の『獄門島』を書いているが、当然ながら、島を訪れていない。

 とはいえ、小説は書けても、電車に乗れなくては、日常の所用をすますのは難しいではないか。どうしたのか。
 
乗物恐怖症の私は以前自動車に乗るにさえ体内にアルコールを注入しておく必要があった。
 
 アル中の影響で乗り物が恐いから、怖さに打ち勝つために酒を呑む。何かが解決していそうだが、全く解決していない。金田一耕助でも解決できない難題である。じっちゃんの名も廃る。


 この対処法には思わぬ弊害もあったようだ。少し長いが『真説 金田一耕助』から引用してみよう。

アルコールというやつは神経を麻痺させるには効果的だが、いっぽうでは体内の新陳代謝を促進するから、どうしてもオシッコが近くなる。渋谷まで出ると百貨店があり、トイレの使用勝手だから助かるが、それまでオシッコをこらえるのに、塗炭の苦しみをなめたことがたびたびある。ところがいつのほどよりか自動車だけはアルコールの必要がなくなった。それでも護身用にとウィスキーのポケット瓶携帯だけは忘れないが、それでもなおかつ昔の記憶が強烈とみえ、外出するとなるとオシッコの恐怖がつきまとう。だから三時外出となると、正午以降は茶断ち塩断ちならぬ水分いっさい厳禁である

 まるで大学受験に臨む高校生のような用意周到さだ。「はじめてのおつかい!」よりも緊張感がある。だが、忘れてはいけない。一世一代の大勝負の様相を呈しているが、電車に乗るだけである。戦後、乗り物恐怖症が極端に酷かった時には電車に乗ったのは6年間にたった2回だけとの説もある。あまりにもレアすぎる。ツチノコの目撃情報か。それも、奥さんが付き添ってというから腰を抜かす。

 横溝は、作家としては晩年に空前のブームが起き、後世に名を残した珍しい作家だ。酒浸りの人生だったが、有名作家ながらも、照れ屋だった横溝にとって酒の効用は大きかったのだろう。

 もちろん、会社員も人間関係を円滑にするのに宴席の果たす役割は大きい。「ノミニケーション」も復活していると聞くが、酒場でコミュニケーションを取り過ぎて、酒の影響で通勤できなくなったら洒落にならない。サラリーマンにとってはただでさえ嫌な通勤ラッシュだが、首都圏で電車に乗れなければ通勤は不可能になる可能性が高いではないか。家族もおそらく付き添ってくれないだろうし。月並みだが、お酒はほどほどに。何だかエピソードが強烈すぎて、今回はお酒のコマーシャルみたいな結論だな。

栗下直也(くりした・なおや)
1980年東京都出身。業界紙記者の傍ら、書評サイト「HONZ」や雑誌『本の雑誌』、週刊誌に書評を執筆 する。新橋系泥酔派を自認するが、酒場詩人は目指していない。辻潤の研究がライフワーク。Twitter @naokurishita