第19回 「酒を呑む人はバカですね」と言われたら ー大伴旅人に学ぶ

 歴史上の偉人と呑むとしたら誰と呑みたいか。連載を重ねてきたこともあり、そんなことを昨晩、呑みながら考えた。正直、酒を呑めれば誰とでも呑むんで、偉人だろうがなんだろうがかまわないのだが、それでは話が進まない。気になる何人かを挙げたら、必ず入れてしまうのが大伴旅人だ。

「おいおい、だれだよ、そいつ、マニアックな話するんじゃねーよ」との声が聞こえてきそうである。「そもそも、『大伴旅人』ってなんて読むんだよ」との指摘もあるだろう。「おおともの・たびと」である。

 大伴氏の名前は歴史の教科書で目にしたことはあるだろう。古くから軍事面などで朝廷の中心を担い、旅人は大伴安麻呂の第一子として665年に生まれ、731年に死去する。一族の長として大納言にまで出世するが、彼が後世に名を残したのは政治家としてではない。歌人としてだ。

 旅人は大納言に就く前、60歳を過ぎてから、九州の太宰府に赴任する。左遷説と国防のために配置されたとの二説あるが、いずれにせよ、老齢には楽な勤務ではない。加えて、着任早々に妻が他界。かなり可哀想な展開である。

 不幸が重なると、人は叙情的になり、歌でも詠みたくなるものだ。と書きながら、私は詠んだことないが。たぶん、詩的な気持ちになるのだろう。

 旅人は『万葉集』に60首あまりが収められているが、ほとんどが太宰府時代に詠んだものだ。ちなみに、『万葉集』を編纂したとされる大伴家持は旅人の息子である。

 奈良時代の歌人と知ったところで「どっちにしろ、マイナーな人物じゃねーか」とお叱りをうけそうだが、旅人は一部で熱狂的なファンを持つことで知られる。

 例えば歌人の若山牧水は自分の息子に「旅人」と名付けたし、俵万智は「『一緒にお酒を飲んでみたい歴史上の人物』を選ぶとしたら、私はまず、彼をあげるだろう」(朝日新聞、2000年6月1日夕刊)としている。私の場合、何人か挙げるとしたらと書いたが、俵はファーストチョイスが旅人なのである。めっちゃ、好かれてる。

 旅人の何が人々を惹きつけるのか。万葉集に酒の讃歌13首を残しているのだが、これが後世の酒呑みの心を捉えてやまないのである。

験なきものを思はずは一坏の濁れる酒を飲むべくあるらし

くよくよ悩むなら、呑んだ方がましだという意味だ。これは現代でも、多くの人が共感するだろう。ただ、旅人の歌にしてみれば過激さは足りない。

なかなかに人とあらずは酒壷になりにてしかも酒に染みなむ

なまじ人間でいるよりいっそ酒壷になって、酒が染みこんだらいいなあと、いうのが大意らしい。呆れてしまうが、人間味があるではないか。

 現代からすればヤバイ奴にしか映らないが、これはインテリらしい旅人の中国的趣味を感じさせる。呉の鄭泉が死に際に、窯のそばに自分を埋めるように子に頼む話がある。数百年の後に土と化した自分が焼き物の材にされ、酒瓶になれたら願いが叶うというわけだ。学識のある旅人の歌はこの故事に依拠したのだろう。

あな醜 賢しらをすと酒飲まぬ人をよく見ば猿にかも似む

 みっともないな。賢人ぶって飲まない人をよく見れば、猿そっくりじゃないか。酷い物言いに映るが、これも中国の古典の影響が色濃い。中国の古典には上戸と下戸が互いに罵り合う話は少なくない。『大伴旅人』(中嶋真也、笠間書院)によるとこの歌の状況をこう推察する。

飲んでいない人から「酔って真っ赤になると、猿みたいですね」のような会話があって、その言辞をそのまま利用したのかもしれない。「飲まないお前こそ猿だ」と

 前言撤回である。インテリとか学識あるとか書いたがかなり酒癖が悪い
。ただ、旅人は決して酒を呑まない人をあざわらっているわけではない。酒を呑もうが呑むまいが個人の自由である。呑めない人もいるのも重々承知だ。呑まなくても何もこっちはいわないのだから、知ったような顔で酒呑みはどうしようもないというようなことはいうんじゃないよ、とでもいいたかったのだろう。

 酒呑みへの逆風が強い昨今だが、迷惑をかけないなら放っておいて欲しい人は多いはずだ。タバコのように受動喫煙の被害があるわけでもない。宴席で理不尽なことを言われたら、「おまえは猿か」と是非切り返して欲しい。おそらく、もっと糾弾されるはずだ。

 と、冗談はさておき、少し面倒くさいが旅人と確かに呑んでみたくなった人も少なくないだろう。呑みながら、こちらが少しでもえらそうなこといったら、「この猿が帰れ!」という意味を込めて一首詠まれそうだが、その可能性も含めて楽しそうではないか。

 「帰れ!」で思い出したが、旅人と交友があり、万葉歌人としても名高い山上憶良(やまのうえの・おくら)は興味深い歌を残している。

憶良らは今は罷らむ子泣くらむそれその母も我を待つらむそ

 もう帰りますよ。子どもは泣いているし、妻も待っていますから。宴会で盛り上がって、そろそろ帰ろうとなった時に詠んだ歌とされている。昔の人が皆、酒好きで泥酔するまで呑んでいたわけではないのだ。とはいえ、「オクラ、イクメンかよ」などとは決して思ってはいけない。

 憶良がこの歌を詠んだのは70歳を超えている可能性もあり、常識的には、幼子が帰りを首を長くして待っているとは考えづらい。中座するのを引き止められて、おどけて歌ったものとの指摘も少なくない。

どんなに引きとめられる宴席でも、“母ちゃん”が待っていると底なしにのろけてしまえば、笑って放任されるのが常であろう。憶良も、その手をここに用いている(『万葉集釋注』伊藤博)

 また、「同席した若い官人を含めての代表的心理でうたっている」(同)との解釈も。呑み会が好きな人がいる一方、嫌で嫌でたまらない人が一定数いるのは古今を問わないことがうかがえる。憶良も社交嫌いとして有名だった。とはいえ、呑み会に参加するのが気が進まなかったり、途中で帰りたくなったりしたら、下手な言い訳は遺恨を残しかねないのも重々承知している。「あいつ、付き合い悪いな」と思って、評定を下げるバカ上司はどこにもいつの時代もいる。憶良のように機知に富んだ返しをしたいものである。

栗下直也(くりした・なおや)
1980年東京都出身。業界紙記者の傍ら、書評サイト「HONZ」や雑誌『本の雑誌』、週刊誌に書評を執筆 する。新橋系泥酔派を自認するが、酒場詩人は目指していない。辻潤の研究がライフワーク。
Twitter @naokurishita