連詩の海をあとに−「連詩 見えない波α」跋にかえて

〈おなじバスの停留所を降り、おなじ道を歩いた。
 チャイムの鳴らない静かな学校や、交通量のほとんどない灰色の国道をゆく。ときおり、荷台に土やなにかをたくさん盛ったダンプカーが傍を疾りすぎて消えた。
 あっけらかんと、好晴の午後。
 だれもみかけず、話せないまま、ずっと歩いている。
 すると、いきなり、目前に広大な荒野がひらけた。
 のどかに草が茫々としげり、ぽつり、ぽつり、民家と田の刈られた穂茎に白く陽があたる。雲に翳げる。そんな単調なくりかえしが地平の最奥までつづいた。地平線上に、巨大な土塁のうえでクレーンや工事用機械が光のなかの埃みたいにちらちら蠢いている。地図とみくらべる。あのむこうは、海なのだろう。かすかな工事音が、風にのってこちらまで渡ってくる。
 そんな、かすかな音を、さえぎる音すらたたない。
 スキットルから、ウィスキーをひとくち。莨に火をつける。
 (凝っと、時間がたたなずんだままの大地)
 かつて、村だった場所。ここを最後におとずれてから、五年も経った。五年、という日々の流れと蓄積。なのに、かわったと思えるのは、ススキやオオアレチノギク、セイタカアワダチソウの背がだいぶたかくなってきたこと。あそこにあった廃屋がないこと、くらい。遠くから侵入者を発見した烏が足元に飛来するタイミングまで、かつての記憶といりまじってゆく。〉


 これは、すこしまえに書いた旅のノートです。

 東日本大震災から七年が経とうする、いま。
 「連詩 見えない波α」は、さまざまな方々の助力と見えない想いにあい縒られながら、ここに、とりあえずの結びをみました。
 もう、昨年になってしまった、二〇一七年孟春。新たな連詩をはじめるにあたり、詩人の管啓次郎さん、暁方ミセイさんとぼくはここサイバースペースで再会し、東日本大震災をふりかえりました。当初のぼくらには、震災の記憶の風化に争いたいという気持ちがあったと思います。現に、何事もなかったがごとく、政府は各地で原発の再稼働を推進していました。
 けれども、すべての作品を読みかえすと、ぼくらの思惑とはべつに、個性も思想も異なる詩人たちが紡ぐ連詩の言葉が、「(凝っと、時間がたたなずんだままの大地)」にそっと耳を澄まし、その無言に寄りそっていくような気がしてなりません。
 都内で震災に遭ったぼく自身をふくめ、さまざまなかたちで東日本大震災を経験された、あるいは現に被災された、おおくの方々のすぎさった日歳月の奥底には、「(凝っと、時間がたたなずんだままの大地)」が、いついかなるときもあった。忘れたくとも、忘れようとしても、そうとは意識されずにいまも息づいているのではないでしょうか。そして、この大地は、ぼくらの心身と言葉のなかで、もう実在の被災地とは別の大地へと、過去から未来へ密かに生成しはじめています。忘却と悲嘆をこえて。

 「連詩 見えない波α」は、管啓次郎さん、暁方ミセイ、ぼく、そして+α、秘密のゲスト詩人という順番で、「左右社 WEB連載」コーナーに約一年間、毎週一作品更新のペースで連ねられてゆきました。ゲストの方々は、いうまでもなく、いま、詩のフロントラインで活躍されている詩人のみなさんです。
 執筆に、イベント出演に、多忙な日々をおくられているゲスト詩人のみなさんは、にもかかわらず、ぼくらの依頼を快く聴きとどけてくださり、毎回、無償で詩を連ねてくださいました。このプロジェクトに参加してくださった十二名もの詩人たちの、作品の鮮烈さはいうにおよばず、東日本大震災にたいする真摯な御心と姿勢に、ただただ、感服し感動するばかりです。
 次に、ゲスト詩人のみなさんの寄稿作品番号とお名前をあらためてしるし、深く、感謝いたします。

「#4」  文月 悠光
「#8」  佐藤 文香
「#12」 和合 大地
「#16」 三角 みづ紀
「#20」 萩野 なつみ
「#24」 森山 恵
「#28」 中村 和恵
「#32」 カニエ・ナハ
「#36」 及川 俊哉
「#40」 永方 佑樹
「#44」 疋田 龍乃介
「#48」 伊武 トーマ          (各氏敬称略)

 「連詩 見えない波α」は、ぼくにとっても「終わった」という実感がまったくわかない、不思議な連詩でした。いいつのれば、この連詩だけは、管さんによる最後の「#49」のあとも、見えないどなたかが詩を連ねてくださる、次のペンに託したくなるような余韻や余白があります。これは、いままでの公開連詩のなかでも、特別な手応えです。まさに、はじまりも終わりもない波に肌がさわった瞬間の、ふるえるような歓びが後味にあります。子どものころのだれしもが、空や海や大地の無限にふれたとき、一瞬、じぶんも無限になれた気もち。そんな、歓びが。

 最後に、本プロジェクトの連載を快諾してくださった左右社さん、一年間にわたり更新にイベントにと奔走し、ご尽力くださった同社編集の守屋佳奈子さん、東辻浩太郎さん、そして、四年におよぶ連詩バンド課外活動でともに詩を連ねてくださっている、かけがえのない詩友、管啓次郎さん、暁方ミセイさんに感謝を。

石田 瑞穂