第1回 コロナ禍と落語「鰻の幇間(たいこ)」

×月×日 昨年の秋以来、中断していたネッセイ「鯉なきゲンゴロウ」を早く再開しなくては、と気にはなっていた。気ばかり焦るさなか、コロナ禍と遭遇してしまい、まだ収束の見込みが立っていない。だいいち「収束」なんていうのは論外で、コロナと「共棲」しなくてはいけない時代だという。
 今年の1月には小さな心臓の手術を施したし、人間80の齢を超えれば、二つや三つの基礎疾患を抱えているのは当たり前の「勲章」で、基礎疾患が洋服を着ているようなものだ。コロナウイルスと添い寝しながらの篭居生活は200日を超えようとしている。
 誰だったかは忘れたが、作家になる条件として「人に会うよりも、何も書かずとも一日一回は原稿用紙に向かわなくてはならない」と説いた人がいた。そうだった宇野千代かもしれない。もちろん今から作家を目指すわけではないが、一日一回はパソコンに向かって何か文章に残そうとする意志だけはある。自動車のウインカーは出したものの、交差点で曲がらず、そのまま直進するようなものだ。まあ一種の惰性、悪癖かもしれないし、おまじないみたいなものだろう。
 私は数日のあいだなら誰に会わなくとも一向に差し支えない。フェイスブックなどを開くと、同年代の知人たちは、別にそんな重要火急な仕事があるとは思えないのに結構出歩いている。どうも人に会わないと不安にかられるらしい。
 一人で飲むのは嫌だからと、「オンライン飲み会」とか「リモート飲み」などという面妖なものが流行っている。私はもともと外で飲む時は、一人が多いから別に痛痒は感じない。
 日本の飲酒風景としておなじみの居酒屋やビアホールの喧騒は、簡単にはよみがえらないらしい。日本の外食は江戸時代の屋台の「立ち飲み」から発展してきた経緯がある。狭い土地に肩を寄せて飲みながら談論を楽しむ文化だ。しかし家庭ではちょっと前まで、食事は静かに食べるのがマナーだった。食糧が乏しく、お米の1つぶ1つぶを大切にし、農家の人に感謝の念を抱いて口にした。しかし、食卓には適度な会話が必要といえる。料理を放置しておくのは論外としても、一種の消化剤の効能がある。
 居酒屋や蕎麦屋のテーブルが現在より広くなり、みんな黙々として杯を傾け、蕎麦を手繰るのだろうか。店舗面積当たりの客席が減るわけだから売上高が減少するのは自明の理だ。映画館だって椅子の席が半減し、野球場でも一人置きに座ったら入場料収入が減ってくる。収容人数が減少したら、回復するには客単価を上げなくてはならない。景気の後退がいわれているのに、単価が上がれば客足はさらに遠のくに違いない。
 そんなことを考えていたら、新しい仕事に取り組む意欲が萎えてしまった。「言い訳」になるかもしれないが、時間はあるのに「何もしたくない」状態が続いていた。それこそ「うつ」になりかねない。どんな原稿であっても、文章を書くには、自らを奮い立たせる動機が必要だ。「怒り」や「悲しみ」でもいいし、「公憤」「義憤」「政治への不満、うっ憤」も材料の一つだ。それらがないわけではないのだが、日本中が静まり返り、テレビでは見たくもない政治家が内容の無い作文を読んでいる。自分の言葉を持たないから、空疎にして無味、軽佻にして浮薄の極みで、こちらのいらだちが募るばかりだ。
 どうにも原稿を書く意欲が湧いて来ない。周囲に聞いてみると、同じような悩みを抱える同業者が意外に多かった。こんな愚痴ともつかぬ言い訳をつぶやいていても、せんないばかりで、生産性がない。もはや何も生産する必要もないし、大層な文章を書くわけではないが、加齢特有の症状が深まらないうちに、いささか書き留めておくことにしたい。
 外出を控えている間にアルベール・カミユの『ペスト』を再読したが、作家の高橋源一郎が、5月の末に日本経済新聞に寄稿した文章を読んで、背中を押された。『ペスト』に登場する人たちは、すべて「書く人たち」で、ペストについておのおのが考える。社会の危機を考えるための最良の方法は「書く」ことで、そのための武器は言葉しかないと、高橋は指摘する。

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 よく「老人はキレ易い」といわれる。今までの自分が過ごしてきた人生の「正当」を信じ、自信と誇りがあるから、自分の身に着いた行動の規範と異なる所作や挙措を見ると、いたたまれなくなり、つい興奮するらしい。その気持ちはよくわかる。大袈裟に言うと、自分の存在が全否定されたように思うのだろう。
 自分の来し方の自信と誇りは、悔悟と慙愧の念と裏表の関係にあり、誰でもどこかで何かしらの「失敗」を経験しているものだ。よく「たられば」は禁句というが、「たられば」があるから、人間は進歩するので、後悔と反省が無かったら、ただの能天気な落語に出てくる与太郎と同じだ。そういうタイプは周囲に結構いるものだ。飄々(ひょうひょう)、淡々(たんたん)として霞を食べて生きているのではないかと思うこともある。
 煩雑な世事から解脱しているように見える。それはそれで、羨ましい生き方だ。諦念というのか雑事にとらわれることがない。孤高にして枯淡の境地に達している。ご本人に言わせれば、平々凡々、なんの邪念もなく生きているということだろう。「沈香(じんこう)も焚(た)かず、屁(へ)もひらず」というわけだ。それはそれで、なかなか難儀な流儀ということはよくわかる。
 こちらは、世俗の雑事から生まれるトリビアな小事を大切にしたいと考えているので、常に安穏とは無縁なところにいる。だいたいコロナ禍は役に立たない小事を抹殺しようとする。ツイッターへの書き込みも、平板なものが多くなったとボヤく人もいる。無駄のように見えるゆとりは都会のビタミンのようなもので、欠乏症になると社会がギスギスしてくる。

 落語に「鰻の幇間(たいこ)」という噺がある。野だいこ(フリーランスの幇間)の一八(いっぱち)が、誰か知り合いを捕まえて昼食をおごらせようと考えた。
 どこかで見かけたような記憶はあるが、名前が思い浮かばない男に声をかけて鰻屋の二階に上がる。鰻重と酒にありつけたまではいいが、お客は、ちょっとトイレにといって姿を消してしまう。きっと勘定は済ませてくれたに違いない、なかなか気の利いた粋な人だ、と喜んだのは、大間違い。敵の方が一枚も二枚も上だった。お土産を三人前誂えさせて、ドロンしてしまった。その上に、一八の商売用の上物の駒下駄をはいて、自分のちびた下駄は新聞紙にくるんで持っていくという念の入り用。
 ひとり残された一八の怒ることか起こるまいことか、無念さは尋常ではない。店の女中をつかまえて、さんざん小言を言い始める。
 通された部屋の窓には子供のおむつが干したままになっているし、床の間の掛軸(かけじ)が二宮金次郎なのも気に食わない。うなぎ屋の2階というのは、男女がしっぽり手と手を握る場面が出来するかもしれないのに、薪(たきぎ)を背負って本を読んでいる姿を見たら、握ろうとした手が引っ込んじゃうでしょ。
 徳利の淵が欠けているし、柄が良くない。無地とか山水画ならまだしも。キツネが三匹でジャンケンって、なんなの。化かされてる気になるでしょう。二つのお猪口がばらばらで、一つは内側に三河屋とあるじゃねぇか。酒屋から只でもらった物(もん)を使うのかい。こっちは日の丸と連隊旗がぶっ違えになってやがる。出征兵士が配ったものを鰻屋の二階に……どうしてそうわかんないのかねえ。
 鰻だって、なんだい。さっきは、客の手前「舌の上でトロッ……」と世辞をいったけど、冗談じゃないよ。三年載っけといたって、トロッとなんかしませんよ。お香子(こうこ)の奈良漬けもよく薄く切ったね。ひとりじゃ立てないから隣のキュウリにもたれかかって、今にも倒れそうだ。けなげなもんだよ。
 一八は自分が虚仮(こけ)にされたものだから、悔しくてたまらない。説教というのか、自分が体得し実践している客商売の基本というか定法を諄々と説いていくが、怒りがどんどんエスカレートし、そのうち自己陶酔の境地に達する。これはもう老人の「キレる」行動様式そのものだ。
 自分が正しいと信じている規範が、すべて否定されたのだから致し方ない。元はといえば、昼めしをゴチになろうという、集(たか)り根性が発端なのだ。我ら高齢者がキレる状況は、だいたいこんなものだ。

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 口惜しいことに、今回のコロナ騒動は怒りの矛先(ほこさき)を向ける相手がない。サンチョ・パンサのように槍を持って独り風車に突き進むしか手はない。彼は、まだ槍を手にしているだけましだ。こちらは徒手空拳、マスクを口に当てるだけ。攻め具は何もない。どうしたら、良いというのだ。
 まあ、なにはともあれ、ゲンゴロウを鯉のいない池に放ってみたい。どうせ大層なことを書くわけではないのだから、金魚すくいの紙製の攩網(たもあみ)でも用意して掬ってもらえればありがたい。          (2020,7,1)
◇次回の更新は7月15日の予定です

筆者紹介
◎重金敦之(しげかね あつゆき)1939年東京生まれ。編集者、大学教授を経て文芸ジャーナリスト。著書に『ソムリエ日本一・田崎真也物語』『食彩の文学事典』『すし屋の常識・非常識』『作家の食と酒と』など多数。秋に『落語の行間 辞書のくすぐり』(仮題)を左右社から刊行予定。