社員募集のお知らせ

このたび左右社では、一緒に働いていただける方を募集いたします。

勤務地:東京都渋谷区渋谷
◎募集職種:編集(1名) 

◎業務内容:編集を中心に営業、広報、販促物作成、事務作業も行います(左右社では編集も営業を行い、営業も編集を行います)。書籍やカタログの企画・編集・制作、新規事業の開拓を含むさまざまなことが業務に含まれるため、Indesignソフトやillustratorも習得してもらいます。
◎雇用形態:正社員/契約社員(試用期間あり)
◎応募資格:〈職歴〉編集の経験を有する方もしくは興味のある方(編集経験がある方を優先しますが絶対条件ではありません。新卒も可です)
◎待遇・福利厚生:月給制(試用期間あり/給与は経験に応じて考慮いたします)・社会保険完備・交通費支給(上限あり)
※詳細面談にて

ご興味をお持ちの方は、下記書類①~⑤を郵送にてご送付ください。書類選考を通過した方のみこちらからご連絡いたします。面接と数日の研修期間があります。なお、ご応募頂きました書類はご返却いたしませんので、あらかじめご了承ください。
①履歴書
②職務経歴書
③企画を2本以上
④作文(タイトル「こういう左右社にしたい」字数制限なし、以下同)
⑤作文(タイトル「左右社の本について」)

〈応募資格〉
年齢30歳くらいまで

下記のような方に来ていただけるとうれしいです。
・成長することが楽しく思える人
・人と一緒に仕事をすることを楽しめる人

〈応募締め切り〉
決定次第、締め切らせていただきます。

〈書類送付先〉
150-0002 東京都渋谷区渋谷2‐7‐6‐502
左右社 脇山宛て
※ご質問のある方は、メール(info@sayusha.com)までお願いいたします。


年末年始の営業期間について

みなさま

2019年12月27日(金)〜2020年1月5日(日)まで、事務所の営業を休ませていただきます。
その間のお電話やFAX、オンラインショップでのご用命は、原則として1月6日よりご対応させていただきます。
お急ぎのご用のある方は、info@sayusha.comまでご連絡いただけますよう、お願い申し上げます。

本年も大変お世話になりました。
残すところわずかとなりました本年、
ならびに2020年も、なにとぞよろしくお願い申し上げます。

左右社

建築家長谷川逸子さんによる『石川九楊自伝図録 わが書を語る』書評掲載

書家石川九楊氏が初めてその作品と人生の歩みを語った『石川九楊自伝図録 わが書を語る』、朝日新聞読書面(2019年10月19日)に建築家・長谷川逸子さんによる書評が掲載されました。
石川氏は戦後の激しく変化する社会と関わりながら制作と評論を相互にダイナミックに進めてこられた。同世代の1人として共感できるところが多い。
「書的情緒」を排除するために、墨の滲みをなくすグレーに染めた紙に濃墨で書くといった試みには、壁や天井から既存の意味や情緒を剥ぎ取り、抽象的な一枚の面としてなりたたせたいとディテールを考え抜いた日々を思い出した。分野を超えて、どこかで通じ合う表現の模索をしていたのではないか。偶然とはいえ、氏が自らの画期と呼ぶ「エロイ・エロイ・ラマ・サバクタニ」を書いた1972年は、私が初めて小住宅を雑誌で発表した年でもある。
氏は初期、田村隆一ら荒地派詩人はじめ同時代の言葉を書くことをテーマに、書のありようを広げてこられた。(略)私が主催する「NPO建築とアートの道場」で、この春に若い建築家が行ったレクチャーのテーマが「荒地」だった。公共建築が企業の経済活動に絡め取られがちな今、繊細で優しさに溢れた彼らもまた時代に懸命に立ち向かっていて、その姿は新しい建築と社会が現れる予感を私に与えてくれる。そんなことも本書は思い起こさせるのだった。

ありがとうございました!

管啓次郎『狂狗集』に星★★★★。

日本経済新聞夕刊2019年10月24日で、批評家の陣野俊史さんが管啓次郎『狂狗集』を取り上げてくださいました。
しかし、これは「句」集なのかどうか、通読したいまも自信はない。
句、というより「一行詩」なんだろう、たぶん。短い、とても短い一行に詩のエッセンスを凝縮する。
どうやって?
そこで管さんが借りたのが犬の目線だ。大地をうろつき、世界を移動する犬(まさしく狂った狗さながら)が吐き出す言葉のみずみずしさ。
(略)
世界を切り取る鋭い視線が、詩の言葉となって、ここにある。
ありがとうございます!

外岡秀俊さんによる『石川九楊自伝図録 わが書を語る』書評が配信されました

共同通信にて、作家でジャーナリストの外岡秀俊さんによる、『石川九楊自伝図録 わが書を語る』の書評が配信されています。岩手日報、福島民友、北日本新聞、南日本新聞、秋田さきがけなどの各紙に掲載されています。

数々の評論で独自の「書史」を確立した書家が初めて自作と人生を語った。孤高の歩みの内実を明かす稀有な記録。(略)
著者にとって「書」とは、書字の源泉からエネルギーをくみ放ち、様式や限界を突き破る挑戦だ。見る人はその果てしない冒険を追体験する。(略)
つまり著者にとっての評論とは、カンディンスキーの「抽象芸術論」やクレーの「造形思考」と同じく、さらなる変革のための足場づくりだった。その意味で本書は、評論と作品双方への最良の手引書になったといえる。
本書を読めば、書家が対峙するのは平面ではなく、紙背に広がる深い歴史や空間とわかる。その紙はコクトーの映画「オルフェ」で亡き妻のいる冥界に入るため、主人公が通過する鏡に似ている。

ありがとうございました。カバーをとった本体の装丁に、急逝した奥さま美那子さんに捧げる作品が使われていることにも触れてくださいました。本書には作品図版も数多く収録しています。

聖教新聞にソルニット『迷うことについて』の書評が掲載されました

2019年9月28日の聖教新聞読書欄に、R・ソルニット『迷うことについて』の書評が掲載されました。
本書は、多くの著作の中でも異彩を放つ自伝的エッセー集である。ただし、身辺雑記を筆の赴くまま綴るだけのエッセーではない。エッセーの嚆矢たるモンテーニュの『エセー』がそうであったように、私生活や思い出を書きつつ、そこから歴史や自然、文明についての考察へと広がっていく哲学的な随想集なのだ。
(中略)
自伝的エッセーは、”迷子になるためのガイドブック”を意味する本書の原題が示すように、「迷うこと」にプラスの意味合いを見出すユニークな考察になっている。「まったく迷わないのは生きているとはいえないし、迷い方を知らないでいるといつか身を滅ぼす」と、著者は訴える。
何事につけ、迷う経験には得難い学びがあり、未知との出あいにこそ人生の豊かさがある──そう感得させる薫り高き一冊。
ありがとうございました。

書籍回収のお詫びとお知らせ

2019年8月に刊行いたしました下記書籍つきまして、内容に不備があったため、回収させていただくこととなりました。

『日本社会の変動と教育政策 新学力・子どもの貧困・学校の働き方改革』
(ISBN 978-4-86528-241-2)
本体価格1,800円+税
不備内容:202ページの本文内容と204ページの本文内容の入れ替わり



【個人のお客様へ】
お手元に該当書籍がございましたら、交換をさせていただきます。
たいへんにお手数をおかけいたしますが、下記連絡先までご連絡をいただき、交換のお申し込みをお願いいたします。
なお、交換の書籍のお届けは、10月中旬ごろとなります。あらかじめご了承ください。
この度はご迷惑をおかけし、誠に申し訳ございません。

【書店様へ】
お忙しいなか大変お手数をおかけしますが、販売会社様経由にてご返品のほど、何卒よろしくお願い申し上げます。
詳しくはこちらを御覧ください。
ご購入いただいたお客様からのお問い合わせにつきましては、弊社にて対応させていただきます。

■ご連絡先:

〒150-0002
東京都渋谷区渋谷2-7-6-502
電話:03-3486-6583
FAX : 03-3486-6584
メールアドレス: info@sayusha.com
担当:守屋(編集)・青柳(営業)

大澤聡さんがR・ソルニット『迷うことについて』を取り上げてくださいました

毎日新聞2019年8月28日夕刊で、批評家の大澤聡さんがR・ソルニット『迷うことについて』を取り上げてくださいました。
新しい関係性をこの社会は目下急ピッチで探求している。が、それはいかにして可能か。文学や哲学や日常の膨大な言説を縦横無尽に収集しつつ思索を螺旋状に深めてゆく自伝的エッセイの②[=『迷うことについて』]は、「未知」への開放こそが芸術家の任務だという。偶然や不確実性に留まること。つまり「迷うこと」。その効用を見直す作業がヒントになる。
あわせて取り上げられているのは、彩瀬まる『森があふれる』と李琴峰『五つ数えれば三日月が』。ありがとうございました。

沼野充義先生による『ウェイリー版源氏物語』書評が掲載されました

毎日新聞2019年8月25日の読書面に、ロシア文学者・沼野充義先生による『ウェイリー版源氏物語』の書評が掲載されています。
ウェイリーの英訳は原文にないものを追加したり、逆に省略したりした箇所も多く、まだ『源氏物語』の研究がいまほど進んでいなかった時代のことで、誤訳も少なくないと言う。しかし、日本の事物を英語圏の読者に分かりやすいものに置き換え、英語による文学作品として読めるものとして、独自の価値を持つと評価されている。それ以後、サイデンスティッカー、タイラー、ウォシュバーンなどによる、より正確な英訳が次々に出たが、ウェイリー版の輝きは失われていない。毬矢・森山訳は英語作品としてのウェイリー版『源氏物語』の魅力を日本語で再現しようとしたものだ。もちろん単に日本語の原文に帰ってくることにはならない。ウェイリーが英訳の作業を通じて、原文の何かを失ったとしても、原文にない何かを付け加え、新しい作品に生まれ変わらせたのだとすれば、毬矢・森山訳はさらにそこから新たな作品を再創造した。
(略)
読み進むうちに分かってくるのは、この語り口がじつに滑らかで優美だということだ。こうして現出するのは、明澄な無国籍風のお伽噺のようなもう一つの世界である。いや、「無国籍」と言うよりは、これこそ古くて新しい、日本を超えた現代の世界文学と呼ぶべきものだろうか。
「飛び切りユニークな訳文なので、これ以上新訳が要るだろうかなどという疑念を軽く吹き飛ばしてしまう」とも評していただきました。ありがとうございます。

斎藤美奈子さんに『ウェイリー版源氏物語』第4巻を書評していただいています

「週刊朝日」2019年8月30日号、文芸評論家の斎藤美奈子さんの「今週の名言奇言」で、『ウェイリー版源氏物語』第4巻を取り上げていただきました。
第4巻には「宇治十帖」の後半、光源氏の息子(実父は柏木?)とされるカオル(薫)を主役にした48帖「早蕨(ファースト・ハーブ)」から54帖「夢浮橋(ブリッジ・オブ・ドリームス)」までが収められている。章タイトルだけでもクスッとしちゃうが、そう、この訳書の特徴はカタカナを多用していることなのだ。おまけにカオルの一人称は「ぼく」。
〈ぼくは昔、自分のことを、少なくともほかのひとよりは清い生き方を誓った人間、と思っていた。人生のある方面とは一切関わらず、どんな心の波にも乱されることなく、平穏に生きていたのだ〉なんちゃって、まるで庄司薫か村上春樹。
(略)
第一巻を読んだときには「ベルばらみたいな王朝ロマン!」と思ったのだけど、「宇治十帖」は韓流ドラマ? ともあれ楽しくサクサク読めちゃいます。
カオルの〈みごとな草食男子ぶり〉として「ぼくが、ウジに彼女を訪ねていたときのように。」という一言が紹介されています。ありがとうございます。