ニューヨーク州ナイアック生まれ。生涯のほとんどをニューヨークで家族とともに暮らした。寄宿学校を中退後、1921年より布地のセールスマンとしてマンハッタンに勤務。劇場、画廊、美術館等を訪れるようになり、音楽や舞台芸術、美術への関心を深めた。1930年代、マックス・エルンストらシュルレアリストに触発され、コラージュ作品を発表し始める。その後、みずから古本屋や小道具屋で蒐集した雑貨、標本、書物や雑誌の切り抜きといったお気に入りの品々を木箱におさめたアッサンブラージュ作品を手がけていく。「箱」の作品で知られるようになった作家だが、生涯にわたって制作したコラージュのほか、実験的な映画作品も残した。既存のものを組み合わせる制作手法から、その作品はロバート・ラウシェンバーグらネオ・ダダとも関連づけられる。