ベルリン、記憶の卵たち
サトミセキ
壁崩壊後の変わりゆく都市を、異邦人として見つめ続けたフォトエッセイ
書誌情報
- 定価
- 2,200 円(税込)
- 電子書籍価格
- 2,090 円(税込)
- ジャンル
- 文芸・評論・エッセイ
- 刊行日
- 2021年11月30日
- 判型/ページ数
- A5判 上製 196ページ
- ISBN
- 978-4865280517
- Cコード
- C0072
- 装幀・装画
- 佐野裕哉/装幀
内容紹介
ベルリンの街に魅了され、その後もベルリン・シュテーグリッツ区にアパートを借り続けた一人のエッセイストによる街の記録。生活者の目線で描いた日本とドイツの往復生活を、詩的な文章と季節を彷彿とさせる写真で綴っている。────1997年から2019年までのベルリンの光と影。
凍てつく冬から透明な空気のなかに花咲く春、そして短い夏と秋へ、鮮やかに季節をたどりながら、著者は体の奥に宿した街のカケラとベルリンに残してきた記憶のカケラを結び合わせていく。そうして紡がれる言葉の地図に導かれ、読者もまた硬い水と瑞々しい音楽に満ちた夜に触れ、複雑な時間の地層に潜む闇にも触れるだろう。川口晴美(詩人)
わたしのかけらはまだベルリンの中を歩いている。
グーグルマップでアドルフ通りからシュテーグリッツ区、そしてベルリン全市へと地図を拡大していこう。指先で画面に触れて東西統一ドイツ、ヨーロッパ大陸、そして真東に移動しユーラシア大陸を横断して、日本に戻っていく。
ベルリンに残されたかけらとどう連絡を取ったらいいのか。写真を一枚ずつ眺め、日記や友人に送ったファックス(ドイツでは国際電話代が安かったので、ファックスを私信に頻繁に使った)を読み返す。記録された街と、記憶の中の街はまだ鮮やかに同じ色を保っている。
薄れないうちに外に出してとベルリンの記憶が、まだ孵らぬ殻の中のヒナのように蠢く。
わたしは記憶の卵をあたため続け、孵化させることがなかった。十年、いや二十年が過ぎ、記憶の卵の殻を破って孵化する鳥たちは、どのような形をしているのだろう。どこに飛び立ち、誰の目に触れるのだろう。
これから文字になるのは、ベルリンの記憶の卵。この卵たちが孵化すればわたしは空っぽになり、また異なる卵を孕むだろう。
「プロローグ」より