スティーブ・ライヒやピナ・バウシュの作品に時代の心性を聴き取る、臨床心理学者たちのホロコースト試論。
書誌情報
- 定価
- 3,080 円(税込)
- ジャンル
- 哲学・思想
- 刊行日
- 2020年11月20日
- 判型/ページ数
- 四六判 並製 320ページ
- ISBN
- 978-4-86528-002-9
- Cコード
- C0011
- 装幀・装画
- 細野綾子/装幀
内容紹介
コロナ禍の現在とホロコーストに行き着いた1930年代。私たちの心は同じような危うさに触れている
誰にも自分を晒したくない引きこもりの心性と、四六時中つながっていたい気持ち。
引き裂かれている私たちの心の病理をコロナ禍はまざまざと示すことになった。
そしてその心性は、先の見通せない息苦しさのなかで狂おしく未来を希求した末、強制収容所に行き着いた1930年代と深く通底している。
ザクセンハウゼン強制収容所を訪問し、記念碑や博物館のあり方に触れ、生還者プリーモ・レーヴィの見続けた夢を分析。スティーブ・ライヒやピナ・バウシュの作品に時代の心性を聴き取る
臨床心理学者たちのホロコースト試論
コロナ禍で拍車がかかっている心性、つまり過去を信じられず身近なものを直接に体験できず、未来を思い描けず遠くとつながろうとする心の状態は、まさしく一九三〇年代の時代心性に近い。当時のドイツは、第一次世界大戦の敗戦国として大きな負債を抱えていた。その状態を改革するために、国の中心にあった国王を廃して共和制を敷き、当時世界で最も民主的とされたワイマール憲法を制定した。なんとか未来を生み出そうとして改革が行われていたわけだが、貧困は深刻で、制度としての憲法は人々の心に安寧をもたらすものではなかった。豊かさや安定を失い、これまでの精神的な拠り所であった王を失い、まさしく、未来を思い描けず、過去を頼りにすることもできなくなっていたのである。その状況下で、新しい未来を提示したのがナチス・ドイツ政権である。しかも、彼らは、当時最新の情報技術を駆使して、人々に新しい現実を提示して夢を見させた。美術、音楽、演劇、映画、ラジオ、新聞を通じて、大衆政治という思想を広めながら、それが信頼に足る新たなものであることを演出し、人々の感情と感覚に上手に訴えた。もちろんその先導者たち自身も、その新しい可能性を信じていたのだろう。(略)ナチスの行為がはじめからすべてが欺瞞に満ちていたというよりも、それは貧困と精神的な闇の中で、希望を模索した末の愚行であるように感じられる。そして当時と同じような貧困と精神的な闇は、現代の私たちの周りにもはっきりと存在しているのである。(猪股剛「はじめに」より)