ジャック・プレヴェールのモンパルナス──枯葉を集めるのはシャベル ね

ジャック・プレヴェールのモンパルナス──枯葉を集めるのはシャベル ね

詩への旅

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詩人石田瑞穂が一篇の詩を旅するように、国内外の詩人ゆかりの地を訪れ、土地と対話するように詩を読み、酒を呑み、また、呑む。読書と酒食に遊ぶ愉楽の紀行エッセイ。近現代の詩と詩人の魅力もわかりやすく紹介します。

ジャック・プレヴェールのモンパルナス──枯葉を集めるのはシャベル ね

石田瑞穂

詩人石田瑞穂が一篇の詩を旅するように、国内外の詩人ゆかりの地を訪れ、土地と対話するように詩を読み、酒を呑み、また、呑む。読書と酒食に遊ぶ愉楽の紀行エッセイ。近現代の詩と詩人の魅力もわかりやすく紹介します。


 だれもが秋のパリに憧れをいだく。
 そう書けば、過言、だろうか。ぼくは、思い出そうとする。一篇のちいさな言葉から、新型コロナ禍以前のパリを。一年をつうじて石灰色の街パリ。でも、秋だけは、そのつめたい石の壁にプラタナスの黄金の灯が点って、パリを温かくあかるます。そして、焼失するまえのノートルダム大聖堂が、セーヌ河にたゆたい映る深紅や金の水鏡に、白亜の威容を溶けこませ耀っていた…。



 恋人たちはコートの襟をたてて、リュクサンブール大通りやベルサイユ公園の金彩の並木道を闊歩する。セーヌ河のブキニスト(古本市)の棚をひやかし、テアトル広場で日曜画家のキャンバスにみいって芸術を議論する。そんな古き佳きパリの秋を好むひとなら、詩人ジャック・プレヴェール(Jaques Prévere)の書いたシャンソンが、記憶の耳朶から蘇るだろう。

     枯 葉

   ああ思い出してくれないか ぼくらが恋をしていた幸福な時代を
   あの頃のくらしは今より美しく太陽はもっと明るかった
   枯葉を集めるのはシャベル ね ぼくは忘れていないだろう……
   枯葉を集めるのはシャベル 思い出も未練もシャベルで
   北風は枯葉をさらう 忘れるという名の冷たい夜のなかへ
   ね ぼくは忘れていないだろう きみが歌ってくれた唄を
   それはぼくらにそっくりの唄
   きみはぼくを愛し ぼくはきみを愛し
   ふたりでいっしょにくらしたね
   ぼくを愛したきみ きみを愛したぼく
   でもくらしは恋人たちを裂く そっと 音を立てずに
   海は消す 砂の上の別れたふたりのあしあとを。
            (小笠原豊樹訳、岩波文庫『プレヴェール詩集』より)


 プレヴェールの名がフランス、いや、世界的に知られるようになったのは第二次世界大戦後の復興期から高度成長期にかけて。いまだ戦争の傷は癒えず、人々も貧しかったが、心のどこかであかるい明日がくることを信じていた時代。名匠マルセル・カルネ監督と組んで脚本を書いた「霧の波止場」、「天井桟敷の人々」、「港のマリー」といった映画や、作曲家ジョセフ・コスマと組んで作詞したシャンソンがヒットし、プレヴェールは戦後の寵児となった。
 とくに「枯葉」は、イヴ・モンタンが「天井桟敷の人々」で歌ってから世界中で翻訳され、いまも歌い継がれている。

 パリの秋の花、大輪のダリアが薫る爽やかな日曜日の朝。ぼくは詩友の紹介をえて、若きプレヴェールが暮らしたモンパルナスの住居跡を探訪することになった。その際、彼は「モンパルナス駅の構内には、ガイドブックにも載っていないちいさな名所があるよ」と教えくれたのだった。
 それは、メトロの構内の湾曲した壁面いっぱいに掲げられた、モンパルナスにゆかりある詩人や作家たちの署名の星座。ボードレール、ランボー、ヴェルレーヌ、ユゴー…その綺羅星のなかには、もちろん、ジャック・プレヴェールのものもある。

 一九二四年、徴兵された軍隊で、プレヴェールは同い年のイヴ・タンギーと意気投合。除隊後、ふたりは映画制作を志すマルセル・デュアメルと、モンパルナス駅にちかいシャトー街五四番地で共同生活をはじめた。
 駅からメーヌ大通りをくだり、巨大なモンパルナス墓地をすぎて、仄暗い小径を西へはいる。教えられた石の館があった。パリで作家修行をしたアーネスト・ヘミングウェイが「フランス石鹸の白い泡」とよんで愛したサクレ・クール寺院の鐘がここまで響いてとどく。
 インターフォンに来訪を告げると、鉄門があいた。



 なかにはいると、いきなり、秋の光が眩しく射した。そこには四囲を石のメゾンにかこまれた家一軒分くらいの中庭、西欧でいうパティオがあって、まんなかに棕梠の小木と苔むしたベンチが数席ある。煉瓦と石の地面に土を運び敷いたパティオには、ラベンダー、薔薇、デイジーの花が街の秋風にゆられていた。
 灰色の街パリの奥座敷に、こんなちいさなオアシスが密かに咲いているなんて……不思議な感興をおぼえる。パイプを喫したり、立ち話をしてパティオで憩う住民たちは、アジア人のぼくにも隔てなくフレンドリーで、パリジャンの囚われない気風をかんじた。
 ここからアーティストの聖地、モンマルトル界隈はすぐそこ。ニコレット通りにある詩人ポール・ヴェルレーヌの婚礼の家までは歩いて半刻。サクレ・クールをはさんだモンパルナスの西側、ガブリエル通りに画家サルバトール・ダリの家があり(現在はダリ美術館)、さらにそこから三分ほど歩くとピカソのアトリエ「洗濯船」、ルピュック通りにはゴッホ、ロートレックが住んだ家もあった。
 モンマルトルのそばで青年時代を謳歌したジャック・プレヴェールが、フランス超現実主義(シュルレアリスム)の「10月グループ」に参加していたことは、意外と知られていない。ここシャトー街でジョルジョ・デ・キリコの絵画を知ったイヴ・タンギーも、シュルレアリスム画家として大成した。サドゥールの『フランス映画史』は、若きシュルレアリストたちの青い熱をこう回想している。

 ぼくらは、当時、プレヴェールの弟ピエールが映写技師をしていたレピュブリック通りの大衆映画館《エルカ・プロディスコ》でキートンやチャップリンの無声映画を観たあとはかならずシャトー街へ寄った。プレヴェールはさっき観たばかりの映画の興奮のまま、アメリカの汽車のごとく紫煙を吹きあげて文学、映画、演劇、絵画の未来を語る。ときにはチフォネリのスーツを粋に着こなしたアンドレ・ブルトンも拝聴し、前衛的なニンフたちが半裸でダンスした。つねに沸騰した精神をもつ若きプレヴェールのおしゃべりと声はまさに詩だった。プレヴェールの最良の詩作品はいまもシャトー街四五番地の壁のなかに置き忘れられている。

 ぼくは、シャトー街四五番地の赤に黄に色づいた唐草の這う壁に掌をあて、若きジャック・プレヴェールの声韻にふれようとした。

 シャトー街をあとに、すこしモンパルナスを歩いてみよう。いまでこそ、パリで唯一の高層ビル、モンパルナスタワーが聳えたつ商業地区だが、ここは歴史的に「天井桟敷の人々」の暮らす賎界だった。数千人のペスト犠牲者を葬ったといわれる大墓地はもとより、アンファン・ルージュやグルネルの市場、蚤の市や専門市、朝市がたつパリの台所でもある。よって、行商人や職人、屠殺人を客にとる酒場や娼館もおおく、ルノワールの絵画で有名なダンスホール、ル・ムーラン・ドゥ・ラ・ギャレットもモンパルナスにあった(現在はモンマルトル)。シャトー街のプレヴェールの家も、革職人の工房を改築してつかっていたという。
 そんなモンパルナスに、プレヴェールたちが棲みついたのは、偶然だろうか。映画界や歌謡界に出入りして公私ともに華やかなイメージのあるプレヴェールだが、詩人の詩うパリは冷たく昏い。
 パリ近郊の労働者階級の家庭に生まれ育ち、「貧乏が母で/酒場が父だった」というプレヴェールの少年期はけして陽朗ではなかったろう。戦後すぐの一九四六年、四十三歳で自費出版した初めての文学作品集『ことばたち』(Paroles)には、そんなプレヴェールのパリの原風景が詩たわれている。

     きれいな季節

   すきっ腹で 路頭に迷う ひえきった体
   ひとりぼっちの 文なし
   小柄な娘だった 歳は十六
   ただじっとたっている
   コンコルド広場
   八月十五日真昼。


 詩を口遊みつつ、想いに囚われて石の路を歩いていると、クリニャンクールの蚤の市をとおりすぎそうになった。そこはマルシェというより、うなぎの寝床のように、さまざまなアンティークショップが迷路をなす街域で、雑貨や家具、美術品、中世の手摺までありとある古物が売られているが、ピカソやシャガールの贋作、現代アートまでならび、路地奥にはギャラリーやレストランもある。ある画廊などは、店のシャッターいっぱいに無修正のヌードが文字通り赤裸々に描かれてい、さすがフランスと妙な感心をしてしまった。老いも若きも、世界中からきたパリの恋人たちが仲睦まじく腕をくみ、あふれかえる骨董品を真剣に吟味しながらそぞろ歩く。



 近年では、アフリカや中東からきた民人たちが露店をかまえ、レゲエやヒップホップを鳴らしながら、アディダスのスニーカーやシャネルの模造品をおくびにもみせず売りさばいている。散歩者はそんな光景を眉を顰めとおりすぎるのだが、それでいてなお、異質な来訪者をそのままうけいれる姿は、パリの懐の深さを感じさせた。
 山奥に隠棲した魔法使いを想わせる無口な老婆の店で、一九世紀のアルザスのカフェオレボウルと木喰仏にしかみえない聖人の立木像をあわせて三十ユーロで譲ってもらうと、ちょうど正午。
 ワインと昼食にありつこうとして、ふたたび歩きだした。

 さあ、なにを食べよう。ラスパイユまでゆけば、市場の食堂でいまの時季ならジビエやラパン(兎肉)のクスクスも食べられるだろう。昼ムニュなら十ユーロくらい。でも、ちょっと遠いなあ。



 そこで、せっかくモンパルナスにきたのだから、地元の老舗ステーキ店ル・ルレ・ド・ラントルコートにはいってみた。
 ムニュは「胡桃入りサラダとリブロースステーキ、ポテト添え」一品しかない。おとなりの老夫婦と袖がふれあいそうにテーブルがくっつけられた店内にとおされる。食事は一種類なので、「ボルドーのキャンティを一本、焼き方はレアでね」とだけ注文。
 ラントルコートはピカソやサルトルもかよったが、両切りのゴロワーズを片手にステーキをつつくプレヴェールの写真も遺されている。グラスを傾けながら、ブキニストの棚でみつけた、フランス装の表紙も黄色く褪せた『庭』(Le Jardin)をひらくことにした。
 そういえば、長年読み愛聴している「枯葉」にはよくわからないフレーズがあるのだった。それは、

      枯葉を集めるのはシャベル 思い出も未練もシャベルで


という、肝心なサビの部分。「フランスでは枯葉をシャベル(原文はla pelle)であつめるの? 日本では箒や熊手をつかうけど」と、ぼくはフランスの友人たちに質問したことも度々。でも、だれに訊いても答えは「シャベルで枯葉をあつめる? みたことないなあ」であり、いつも怪訝な瞳をかえされるのだった。
 枯葉とシャベル。原文の脚韻はともかく、そのイメージの組合せは歌詞としてかなり違和感がある。コール・ポーターやフランク・シナトラが甘い声で歌う英語版の「枯葉」(Autumn Leaves)は、

      The falling leaves drifted by the window

と、当該の箇所は大胆に意訳されている。ちなみに、越路吹雪の歌った、英訳をもとにした日本語版「枯葉」も、

      窓から見える 舞い落ちてる 落ち葉

であり、もう、フランス語の原文とは完全にべつの詞だ。
 なぜ、シャベルなのか。理屈でいえば、それは枯葉にあたるフランス語がles feuilles mortes、直訳すると、死んだ葉、だからだろう。つまり、この詩は恋人たちの美しき秋の思い出をシャベルでうずめる、愛を埋葬する詩、とも読めるのだ。
 でも、ぼくは、枯葉とシャベルというおもってもみないイメージの組合せ、異質なモノどうしが衝突して着火するポエジーの火花にこそ、不思議な魅力と感動をおぼえる。色とりどりの、羽毛のように軽くて脆い枯葉を、無骨な鉄器がこわさいようそうっと掬うさま。しかしときには失敗してしまい、ぱりぱりと微細な雷鳴をたてて葉は崩壊してしまう。無に帰してしまう。そんな、幼年期の遊びのようなセンセーションに託して、プレヴェールは愛についてなにごとかを語ろうとしたのではないか。シャンソンの「枯葉」にもシュルレアリスム詩人の超現実的感覚が活き活きと響きやまずにいる…。
 そうこうするうち、大皿のステーキがきた。とろっと海藻色をした秘伝ソースのかかる赤身肉は、二百五十グラムはあるだろう。霜ふり和牛とちがい、上質な腿肉はかなり弾力があって、よく噛みしめるほど、肉汁と旨味が口内に滲みでて芳潤にひろがった。
 上品に、ではなく、食欲のおもむくまま、ナイフで肉を切ってはフォークで口にはこび、揚げたてのフリットを頬ばっては、ワインをがぶりと呑む。それをえんえんくりかえす。ポテトはおかわりができて、バスケットに山盛りのフリットを、ギャルソンが銀のトングで皿に添えてくれる。肉とフライドポテト。組合せは古典的だが、まさにエンドレス。この店は大衆的とはいえないけれど、ボリューム満点の食事は頑強で健啖なモンパルナス人の胃袋にふさわしい…。

 ときに一篇の詩は、まるでそれが運命のようにポエジーの蕾をそっとひらいてみせ、花の名を告げてくれることがある。
 長年の疑問は、焼栗の紙袋を片手にリュクサンブール公園をぶらつくうち、じつに散文的にほどけてしまった。
子熊の掌ほどもあるプラタナスやビバーナムの黄金の葉がつぎつぎ舞い散ってゆくなか、ぼくは、目端にとめた光景におもわず「あっ」とつぶやいた。グリーンの作業着をきた公園管理員が、枯葉の山をカーボン・スコップで掬ってはおおきな袋にいれているのだ! ぼくは、おもわず老人にちかづき…「ああ、これ? シャベルじゃなくてpelleだよ。パリの公園には大抵あるね。ひらけた場所はブロワーをつかうけど、こんな人混みじゃあペルがいちばんさ。むかしは木製で尖端が平たくて、柄のついた塵とりみたいだったな」。
 そうか…「枯葉」は、秋の公園で休暇をすごす恋人たちの歌だったのだ。ブロワーのない時代、秋のパリの公園ではペルをふるって枯葉の山と格闘する庭師がおおくみられたにちがいない。パリの恋人たちにとって、その光景は秋の風物詩だったのだ。そんな、パリジャンにしかわからない粋なノスタルジーをこめて、プレヴェールはペルを歌詞に登場させた…ポエジーは物に、散文に宿る…。
 遠出する金も車もないけれど、自由と若さと、なにより愛があれば、この世にふたりがいればそれでいい…森の錦秋にかこまれ、ベンチや芝生で憩う恋人たちのなかには、万年筆でノートに「枯葉」を書きつけながら、独り人生の秋をすごす詩人もいただだろう。


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