【第4回】大谷翔平のショータイムと藤井聡太4冠

【第4回】大谷翔平のショータイムと藤井聡太4冠

マカロニの穴から豆腐の角を見る

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【第4回】大谷翔平のショータイムと藤井聡太4冠

重金敦之

 今年2021年は日本だけではなく、世界中が鬱々とした一年だった。昨年から続いているコロナ騒動も、ようやく明るい兆しが見え、来年に期待をかける動きが盛んになってきたところへ、オミクロン株なる新顔がしゃしゃり出てきた。
 その暗かった2021年で明るい話題といえば、野球の米大リーグ、ロサンゼルス・エンゼルスの大谷翔平選手と将棋の藤井聡太4冠の超人的といってもいい活躍だ。外出もままならず、家の中でくすぶっていた日本人がこの二人にどれだけ癒されたかわからない。
 日本人選手としては、イチロー(鈴木一朗)に次いで二人目のアメリカン・リーグ最高優秀選手(MVP)に選ばれた。日本だけではなく現地のアメリカ人も「暗い世相に光をもたらしてくれた」と、喜んでいた。技量や記録だけでなく、人品骨柄も支持されたことが素直にうれしい。野球の個人的な勝負は短い時間で決着がつく。その瞬間を過ぎた一挙手一投足にも注目し、人間性に拍手を送っている。
 大谷翔平は、草野球のようにひたすら投げて打って、走る。それぞれが楽しくてたまらない。野球少年がそのまま成人になって、野球を楽しんでいる。野球以外のことには何の関心もない。今までの野球の常識には存在しなかった漫画やアニメに登場するヒーローに近い。大谷のモノセックス風の外見と表情が、男女を問わず人気なのだろう。ウルトラマンや仮面ライダーにセクスアピールを感じないのに共通している。
 帰国して国民栄誉賞を辞退したのも、評判がいい。プロ野球選手で辞退したのは福本豊、イチローについで三人目だ。イチローは三度辞退しているから、「5人目」になるのかな。国民栄誉賞が、時の政権の人気取りに利用されているのが見え見えだ。タレントの太田光だけが、「なぜもらわないのかなあ」と疑問の声を出したくらいで、多くの人は辞退に好意的見解を示していた。
 今年の流行語年間大賞も「リアル二刀流 ショータイム」に決まった。流行語大賞なんて、大谷に失礼な話だ、と息巻く人もいる。この企画は企業が主催し、出版社が選ぶもので、別に何の権威もない。選出方法も問題なしとはいえない。とはいえ、長く続けていると世相史の資料としての価値が生まれる。
 大谷を語る時、忘れてはならないのが通訳の水原一平の存在だ。二人がチームになじんでいることが画面を通してよく理解できる。水原はいつも193センチの大谷のそばにいるから気が付かないが、186センチもある長身だ。「IPPEI(イッペイ)」として、現地のアメリカ人にも人気がある。大谷の信頼を受け、また献身的に働いているのが、テレビの画面越しにわかる。
 日本外人記者クラブでの記者会見で、元日本ハムの投手岩本勉(解説者・コメンテーター)が、「彼の地でお世話になった人は?」と質問したときに、「まあ、水原さんですかね。いつも一緒に仕事をしていますし」と答えたが、この「仕事している」という言葉が良かった。
 大谷ほど純粋無垢で、他人から悪く言われない人はいない。多くのヒーローたちには、なにかしら「陰口」がささやかれるものだ。
 例えば、赤バットの弾丸ライナーで知られた巨人の背番号16番、川上哲治は大打者で、V9をなしとげた名監督だった。現役時代は、試合前の打撃練習の半分以上を一人で独占していた。今の時代のようにピッチングマシーンなんかない時代だ。
 イチローだって、「もう少し、四球を選んでもらえれば……」という声があった。「観客は四球を選ぶシーンを喜びますか?」とイチローなりの野球観があった。多少ボールくさい球でもファウルで逃げて、安打を打つことを優先させた。これはイチローの哲学だから、他人がとやかく言っても始まらない。イチローの大記録に文句をつけるわけではないが、ベンチから見ればヒットで出塁するのも四球で出るのも勝利への貢献度としては同じ価値なのだ。となると、安打を一本でも多く打ちたいイチローは「チームのことを考えてない」という見方も出てくるのだ。
 大谷の場合、そういった声が聞こえてこない不思議な選手だ。NHKの密着ドキュメンタリーによると、小学生から野球を教えたのは父親だった。交換日記をつけさせ、技術的なことばかりでなく、あらゆることを指導した。「グラウンドのゴミを拾う」ことまで教えられ、アメリカでも実践している。
 さらに、花巻東高校時代の佐々木洋野球部監督、日本ハム時代の栗山監督と出会えたのも良かった。佐々木は「まだ骨の成長段階にある」との理由から、一年生では投手をやらせなかった。先述の記者会見で、年収について聞かれると、「ロサンゼルスの税額は高いし、使うところもないので、今のところは貯まっていく一方でしょう」と他人事のように述べた。実績もないのに、自分の年俸よりも高い外国の高級車を買う新人選手もいる時代に稀有な存在だ。


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 将棋は野球ほど、インターナショナルな話題ではない。藤井君も将棋が大好きなことがわかる。おそらく将棋以外のことには、ほとんど関心が向かないのだろう。19歳の少年に向かって、「勝負メシの感想を」などと聞くメディアの阿呆さ加減には呆れるばかりではあるが。解説の棋士も「まさか食レポをするとは思わなかった……」とぼやいていたが、それも時代なのだろう。
 藤井の場合、大谷にとっての一平さんの役割は師匠の杉本昌隆八段だ。弟子に追い越されてしまった師匠だが、どこまで行っても、師匠は師匠だ。自分から遠く離れて、成長していく弟子への情愛がほのぼのと感じられる。師匠の人柄を、手本として影身に添っていく姿勢がいい。
 竜王戦の賞金は4,400万円で、公式に発表されているタイトル戦では最高額だ。杉本は、「彼は欲しいものなんかないし、物欲が無いんです。税金が高いから、そのために貯蓄しておきなさい、といいました」と明かした。大谷翔平も藤井聡太も物欲が無く、それぞれの道での奥義を極めようとしている。
 藤井の対戦はインターネットで観ているだけだが、私のような素人はAIによる形勢判断にずい分助けられている。
 杉本も指摘していたが、藤井が終盤でリードしたら、まず逆転されない。逆にリードされていても、最終盤で大逆転することはがしばしばある。本年の最終公式戦となった12月2日のB級1組順位戦、近藤誠也7段との戦いも中盤まで長い間一方的にリードされて、「もう駄目だろう」と思って寝てしまったのだが、明け方目を覚ました時にネットのニュースを見たら、なんと、日付が変わり、藤井が114手で勝っていた。残り時間は近藤が1分、藤井は2分だった。
「AIの数字ほど差は開いていません」とか最近は「『人間』には指せない一手ですね」などとAIを意識した解説が多い。
 将棋の解説というのは不思議な存在で、すでに対戦し、また対戦する可能性がある現役棋士が登場する。野球でいえば、前回三振を喫した格下の打者が、「次の球は外角へのスライダーでしょう」とか、「もっとコンパクトにセンター方向に打ち返すべきですね」などのように、したり顔でしゃべっている。野球の場合は引退した元選手がほとんどで、解説で飯を食っているプロだ。このあたりの違いがよくわからない。
 藤井に注文を付けるとすると、終局直後の談話にもう一工夫ほしい。中学生でプロ棋士になった14歳の頃は、「望外の喜び」とか「僥倖以外のなにものでもない」「将棋の醍醐味」など難しい言葉を使っていたのだから、語彙力が無いわけではない。藤井が「望外の喜び」と発言した翌日、54歳の元プロ野球選手はテレビのニュースショウで「望外って言葉、いつごろからあるの。知らなかった」とコメントしていた。
 最近は「えーっ、まあ、そうですね、……難しい局面が……え……」と、ぼそぼそして、ほとんど聞こえない。
 やはり、敗者への思いやりと年少棋士として先輩棋士への遠慮があるのだろう。それは杉本八段のコメントにも表れている。プロの勝負師の戦いだから、きれいごとでは済まない、やっかみ、怨嗟が渦巻く世界だ。「藤井一強」などといわれるのを、師匠はものすごく警戒している。棋士としての序列はトップに位置するが、天狗になったらお終いで、凋落したときはよってたかって叩きまくる世界だ。杉本は、そこまで心配している。
 すぐれた指導者に恵まれた二人の勝負師は新年も活躍するに違いない。=敬称略

(2021・12・15)
◇次回の更新は新年の1月19日を予定しています。本年は短いお付き合いでしたが、お世話になりました。新年もどうぞよろしくお願いいたします。

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