5月某日 集中治療室というところは、意外にうるさい。患者がそれぞれに装着している計器のアラーム音が聞こえてくる。ドアもなく、携帯電話も持ち込み禁止だ。トイレもない。トイレに行ける容態の患者はいない、という考え方なのだろう。看護師のステーションというのか、医師の控室はすぐ目の前にある。よそのベッドからのナースコールの呼出音も良く聞こえる。
どこの病院でも同じだろうが、夜は9時に消灯になる。かなり過ぎているにもかかわらず、ステーションから若い医師たちの談笑の声がやまない。盛り上がっている。女性医師の笑い声が耳に障る。各医局から先生方が集まっているのだろう。当直の医師の数も多いのに違いない。
ナースコールで看護師を呼んで、「あの先生がたの話し声がうるさいから、どうにかしてほしい」とお願いすると、わかっているらしく「すみません、ごめんなさい」というばかり。「あなたが悪いわけではない。一言(ひとこと)注意して静かになれば良いのだ」といっても、「すみません」を繰り返す。医師にもの言えない看護師の立場もわかるが、けなげに振る舞っている看護師の姿を見ていると、さらに怒りが込み上げてくる。
なにも悪くない人に謝られても困る。どうにも談笑が終わらないので、「車椅子で、ステーションまで連れて行ってほしい。さもなくば、ここで大きな声を出して『ウルサアーイ』と怒鳴るぞ」という。別に難癖をつけているわけではない。家人からも、つねづね「病院では、言いたいこと言いなさい。あなたは我慢強いんだから」と言われている。
今度こそ、注意しに行ったかと思ったが、声はやまない。戻ってきた看護師が、「すみません、これをつけて我慢してください」と耳栓を持ってきた。嗚呼。そんなもの、私は飛行機の中でも用いたことはない代物だ。
翌日の担当看護師に昨夜の顛末を話したら、「きっと若い人だったのでしょう。もしそういうことがあったら、今度は私に話してください」といわれた。なんの慰めにも解決にもなっていないが、まあいたしかたないか。
5月某日 看護師が出て行ったすぐ後に医師が来て、腎臓近くから体内の滲出液を外に出している2本のドレーンのうちの1本を抜いていった。気が付いた看護師は、「先生が抜いたのですか」と驚いている。カルテを見ればわかるのに。「煩わしいから、自分で引き抜いた」とボケたら「ホントですか?」とマジな顔になった。
同じ病棟で2時間ほど前に、やはり自分で引き抜いた患者がいたらしい。病院は違うが、胃ろうの管(くだ)を引き抜いた知人がいた。意識が混濁とまでは行かなくとも、寝ているうちに何が何だかわからくなって、無意識に管や点滴の針をつい抜いてしまうのだろう。前回にも少し触れた「せん妄」状態だったのかもしれない。
漢字で書くと、「譫妄」となる。「妄」は妄想、妄言の「妄」で、「みだり」「嘘」「偽り」の意味だ。讒は、そしる、人の悪口を言う意味。讒言(ざんげん。人を貶めようとして、ことさら悪く言う)や讒訴(ざんそ。人を貶めるため事実を曲げて訴える)、四文字熟語の罵詈讒謗(ばりざんぼう)はよく目にする。「ぜん」「ざん」、「さん」とは読むが、「せん」とは読まないはずだ。
手許にある中では最も大きな漢和辞典『大字典』にも載っていない。何かの加減で「せん妄」となったのだろう。医学用語にはこの種の難解な訳語をときたま見かける。欧米の近代科学技術に追いつくための先人の知恵と苦心の跡がしのばれる。
せん妄は、入院初期に観られる症状で、自分の居場所がわからなくなる。まあ、夢みたいなものといってしまえばそれまでだが、画像がリアルで、夢かうつつかまぼろしか、一瞬見境が付かなくなる。実際、真夜中に意味が通じない電話を掛けたり、大きな声をあげることがある。病院から外出して、友人の葬式に出ていると思いこんでいる。本人は正気のつもりだ。病室の天井を見て、自分は今入院しているのだと気が付き、安堵する。似たような経験が何度かある。一部の入眠剤は、せん妄になりやすい、というので、普段用いていても、病院指定の入眠剤に代えられることもある。そうでもなければ、自分の意思で点滴の針や管を引き抜くなんてなかなかできない相談だ。まじめに働いている看護師を相手に、ボケるのは慎まなくてはいけない。反省。
5月某日 心配なのは、下腹部の開腹した傷の処置だ。医師に尋ねたら、確かテープを貼ったはずだという。幸いなことに傷口の痛みはまったくないので、意識せずに済んでいて、あまり気にならなかった。半年ほど前の皮膚移植の方が痛みは数倍きつかった。導尿の管を見ても、小水に出血している痕跡はない。目視だが、澄んでいて奇麗なものだ。
フェンタニル注射液が点滴に入っている。痛い時は、自分でボタンを押すと、言って量が追加されて体内に注入される。一種の麻酔薬だが、そんなに使用することもなかった。
ドレーンも1本減り、だいぶ体が動かせるようになったので、へその下の傷口に手をやったら、何やら金属の触感がある。よく見たら、15センチほどの傷口に20本ほどのホチキスがきれいに埋め込まれている。一瞬、吉田工業のファスナーを取り付けたのかと思わせるほどだ。なるほど。ファスナーでお腹の内部を覗ける最新技術を施してくれたのか。素晴らしい。
そんなことはありません。いくら先端技術といえども、無理な話だ。今まで開腹後のテープは経験したがホチキスは初めてだ。これを抜くのはかなり痛そうだ。夢の世界から、現実の世界に無理やり戻されてしまった。
5月某日 皮膚移植の時は、一週間近く尿の出血が止まらなかった。その結果、精密検査をしたら、膀胱がんが見つかった。おそらく、尿管に管を通す際に、何らかの不具合があったのだろう。担当した医師が未熟だったのかもしれない。こうなると、何が幸いするかわからない。
皮膚移植の手術では、どうも血行の具合が悪いというので、血液の流れを良くする薬を処方された。最初の1回分を服用したところ、すぐに吐血。十二指腸潰瘍が見つかった。昨年受けた胃カメラの検査ではなんの異常も見つからなかったのに。入院が長く続いたストレスの影響かもしれない。
昨年の9月からずっと病魔に見舞われているが、どうもちょっとしたボタンの掛け違いから生じているような気がする。それこそ、「お陰様で、がんが早く見つかった」と良いプラスの方向に解釈して、自ら納得するほかない。
古来「禍福(かふく)は糾(あざな)える縄(なわ)の如し」とか「人間万事、塞翁(さいおう)が馬」という言い回しもある。
「明けない夜はない」ともいう。少し意味は異なってくるが、「明日は明日の風が吹く」もよく知られている。「どんな雲でも裏側は銀色に輝いている」というのは、アルゼンチンのことわざだ。
5月某日 結局集中治療室にいたのは4日。5日目に一般病棟に戻った。順調に経過し、術後7日目に「明後日には退院できるでしょう」とのこと。この日はレントゲンで膀胱周辺を観察し導尿の管を外し、20個くらいのホチキスを抜く作業もあった。ひとつひとつピンセントで抜いていく。チクットするだけ。決して気持ちのいいものではないが、近く退院となれば、我慢できるというものだ。
5月某日 迎えの連絡も終えて、最後の夜だと思っていたら、循環器内科から「肺に水が溜まっているので、退院は少し延ばすかもしれない」と言ってきた。
おい、おい、どうするんだよ。今回の手術の主管は泌尿器科だが、循環器内科の先生も頻繁に顔を出して、チェックしてくれる。集中治療室では仰臥したままレントゲンをベッドの上で撮影する。今日は、レントゲン室まで出かけ、立って胸部の撮影をした。そこでわかったらしい。
勘弁してよ。今さらこの期に及んで、というのが正直なところだ。
=この項続く(2023, 7, 19)
◇次回は8月2日に更新の予定です。