【第23回】無影灯の下にさらされて(その1)

【第23回】無影灯の下にさらされて(その1)

マカロニの穴から豆腐の角を見る

#
23
/ 23

【第23回】無影灯の下にさらされて(その1)

重金敦之

 しばらく都内のJR駅前にある大学病院に入院していたので、連載をお休みしてしまった。全快とは言えないが、体調はかなり元に復してきたので、ふたたび筆を執る。とはいえ極度の運動不足に加え、頭の回転もオイルが少なくなって来た。いささかの不具合があるかもしれないが「病み上がり」に免じてご容赦のほどをお願いしたい。

 病名は悪性黒色腫。右足の踵(かかと)にできた黒子(ほくろ)ががん化したもので、ひらたくいえば、皮膚がん(メラノーマ)。痛くも痒くもないので、30年以上放置していた我が身の「不注意」だから、怒りの持っていき場所はない。
 原発部を薄く(5mm~7mm程度)切除して、別の場所から新しい皮膚を移植する。踵と言えば人間の皮膚の中で、最も硬い角質部分だ。そこへ最も柔らかいお尻の皮膚を貼り付ける。いってみれば、足袋の底の一部に穴が開いたので、シルクで繕ったようなもの。せめて木綿の風呂敷程度の厚みが欲しいところだが、いかんせん薄い。現在、術後9週ほど経過したが、まだ切創部は、毎日洗浄して薬をつけてガーゼで覆ったままだ。右足の踵は使えないので、つま先だけ地面につけて歩いている。「隔靴掻痒(かつかそうよう)」ならぬ「隔靴痛痒(かつかつうよう)」でそろり、そろりとしか歩けない。

9月某日 手術の内容と経過はおいおい説明していくとして、まず入院初日から。現在はコロナ禍の影響で、入院患者はすべて面会禁止。家族といえども病室に入ることはできず、院内の喫茶室で一緒にお茶を飲むことも許されない。荷物を運び入れるにも実に不便きわまりない。
 病室は4人部屋。仕切りは薄いカーテンだけ。どこの誰だか見ず知らずの人と同じ部屋で暮らす。健康な時なら我慢できる些細なことも、罹病して治療中だと不快に感じたり、気になる点が出てくる。もちろん一人部屋や二人部屋もあるが、別に見栄を張る必要もない。同室の人(相客)の言動はうるさいし、不満は避けられないが、あまり贅沢を言っちゃいけない。ことわざに「蟹は甲羅に似せて穴を掘る」とあるように、人にはその人なりに見合った日常がある。相客の人間味を観察できる「楽しみ」(あまり良い趣味ではないけれども)もある。
 病棟はビルの最上階で、国立競技場の屋根と同じ高さだった。皮膚科だけでなく、形成外科や消化器外科の患者も一緒になることがある。定員は4名だが、入院した日に退院した人もいたので、すぐに「先客」と二人だけになった。手術は3日後なので、初日は検査や全身麻酔の説明を受けるだけ。すでに入院の経験があるから、あちこち「見学」と称して散歩するしかない。腕にはバーコードが印字された腕輪をはめているので、病院の外へは出られない。
 その昔、外出許可をもらって病院から馬券を買いに行ったことがあった。新宿も後楽園も近い。親しくなった患者に、このバーコードを駅の改札にかざせば、都内のJRは無料で乗れるよ、とジョークを言ったら、本当にかざして駅員から注意を受けた人がいた。都内の公共交通機関に「IC乗車システム」が登場して間もない時期だったにしても、まさか本当に実行するとは思わなかった。純粋で無垢な人をからかうのはよくない。反省。
 朝6時起床。朝食8時、昼食12時、夕食6時、9時消灯というきわめて規則的生活が始まった。だいたいどこの病院でも似たようなものだ。健康的な生活スケジュールなのかはわからない。世間一般の多くの人にとっては、多分そうなのだろう。夜の食事と消灯のあいだが短いように思うが、いたし方ない。
 入院した翌日が第3土曜日で、病院は休日だがコンビニは開いている。7時前、朝食にはまだ時間があるので、新聞を買いに行って毎日新聞を探したら、一部もない。朝日、日経、読売は20部以上も残っている。さすが土曜日の毎日新聞は読書面を目当てに、買う人が多いのだろうと思いながら、念のために暇そうにしている店員に尋ねてみたら、「売り切れました。毎日は2部しか来ないんですよ」と意外な答え。
 いくら何でも「2部」という数字にはびっくりした。毎日が売れていない、ということは分かっていたが、まさか2部とはね。ほかの一般紙やスポーツ新聞と比べても、桁が違うのは歴然だ。東京新聞にもはるかに及ばない。2部を数えて配送する手間だけでも大変だ。新聞がいくら読書面に力を入れても部数とは結び付かないことがわかる。紙媒体(新聞・出版界)の不況もあるだろうが、新聞各社もマーケティングに力を入れ、意識改革をしないと、存亡の危機はすぐそこに来ている。もう来てしまったのかもしれないけれども。まあ、そんなことを考えても、病気が治るわけではないから、どうでもいいのだが。
 さて病院の食事だ。病院の食事はどこでも、おいしくないというのが通説だ。実は、私はこの病院の食事には、結構良い点を付けている。ご飯の硬さも私好みのやや硬めで、副菜なども冷めていない。汁も充分な熱さが保たれている。病院の食事は「薄味」で味気ない、という人が多い。出された食事は「普通食」だから、ことさら塩分を控えめにしているわけではない。塩気は、我が家の食事よりもきついくらいだ。
 贅沢を言ったらきりがないけど、「病院食としては」という前提でいえば、いろいろな工夫が施されている。以前、3月3日のひな祭りには、蛤(はまぐり)が一個入った「お椀」が出たことがあった。この時期になると、蛤の値段は高騰する。もちろん「蛤の真薯(しんじょ)」といった手の込んだ懐石風の汁などは別に期待していないが、日本の伝統的な行事食を大切にする心意気がうれしい。後期高齢者の歯には多少噛みにくく、嚥下するのにいささか難儀したのはご愛敬というものだ。
 ともかく今のところ食欲はある。手術は二日後の月曜日だから、ゆっくりと休んでおかなくてはいけない。ところが深夜、午前2時ごろだったか、異様な音で目が覚めた。
 ポリポリ、パシャパシャッ……カリッ、シャキッ……パリパリ、ポリパリ、シャパリ……シャパリ、パリッ……シャパリ……
 なんと隣のベッドの御仁が、せんべいをかじっているのだ。コンビニに並んでいた新潟産の「あげおかき」の袋を開け、食べている音だった。プラスティックの袋を破る音は、劇場などでも意外に大きく聞こえる。聞こえてくると気になるものだ。私には、深夜に起きて、物を食べる習慣がないのでびっくりした。
 静かな深夜の病院だ。せんべいをかじる音は部屋中に響き渡る。そのうち醤油の匂いも漂ってきた。そういえば、「耳が遠い」と言っていたから、自分が立てる音には鈍感なのだろう。あれだけ大きな音を立ててせんべいを食べられるのは、並みの歯ではない。お年の割には、立派な歯をお持ちだ。深夜の病院で、せんべいをかじる音が聞こえてくるとは思いもよらなんだ。ミステリー映画を見ているような、シュールな効果音は初めての体験だった。

9月某日 いよいよ手術ということで、前日から禁食。術着(手術用の衣服)に着かえ準備万端整えたものの、何時から始まるのか時間がわからない。午後の2番目、ということまでで、時間は「オンコール」。つまり「呼ばれ次第」。前の手術が諸事情で長引けば、それにつれて後ろへ延びる。看護師が渡してくれた注意書きには、夕方の5時くらいになるだろうという。説明に来た医師によれば、「そんなことはない。遅くとも3時には始まるはずだ」と言って、予定表を訂正していった。主治医だけでなくいかにも「弟子」といった風情の医師や病棟に詰めている当直の医師も入れ代わり立ち代わりやって来るから、先生の名前がなかなか覚えられない。
 「オンコール」というのは、それから何回も聞くことになるが、医学界では、勤務時間に関係する労働問題の用語にもなっていることを知った。「呼ばれるまでの待ち時間」を、勤務時間とみるか、休憩時間とみるかといった切実な問題を含んでいるらしい。隣の住人は「オウンゴールですか?」と聞き返していたが、そんな単純な問題ではなさそうだ。
 結局、2時半ごろに呼ばれ、病棟の看護師と二人で中央手術室に向かった。今までストレッチャーに載ったまま入ったことはあるが、歩いて入るのは初めて、などと話していたら大きな扉があり、インンターホーンで呼び出し、ネットの帽子をかぶせられてしばらく待っていた。
 病棟の看護師が、生年月日と名前とこれから受ける手術の内容を言ってください、という。不審な顔をしていると、気づいた彼女は、これから手術室でも同じことを尋ねられますから、という。なんのことはない。予行練習だった。
 やがて第5手術室と看板がかかった大きな部屋の前まで来た。しかし、すぐに中へ入れるわけではない。いったんは入ったのだが、すぐに入口まで押し戻されて、部屋の外まで出されてしまった。自動ドアをはさんだ格好で、担当医と手術室の看護師が中にいて、私と病棟の看護師は外に立って、一種の「にらみ合い」状態。聞かされていた通り、手術室の担当看護師から世年月日などを尋ねられ、「何の手術ですか」と畳みかけてくる。「そちらの先生の方が詳しく知っているから、聞いてごらんなさい」と言いたいが、執刀医は黙ったまんま知らんぷり。手にした数枚の「誓約書」がそろっていることを確認している。
 そういえば、「説明文書」に幾枚も署名したことを思い出した。患者の取り違えを防ぐために、いろいろなマニュアルが用意され、その手順に従って、事務的な手続きがある。こういう「儀式」は苦手だから、本当は右足の踵の手術だが、「左の踵です」といってみようと思ったけれども、「本気にされると困る」ので、ようよう飲みこんだ。なんかロシアとウクライナの捕虜や人質の交換と同じような感じだなと思ったら、おかしくなった。一種の「戦争ごっこ」みたいだ。
 ようやく確認が終わり、室内に案内される。別に見送ったわけではないが、病棟の引き渡し役の看護師は手ぶらで帰って行ったのだろう。こんな大きな円形劇場の舞台のような手術室は初めてだ。中央の小高いベッドに寝かされる。天蓋があれば高貴なベッドだが、丸い大きな無影灯が白く光っているだけで、面白みは全くない。奥のちょっと高いところに映写室というか総合指令室みたいなブースが見えた。なるほど、あそこでモニターを見たり、ビデオで記録しているのか。
 調理師学校の階段教室の中央にある調理台に横たえられた鮪(マグロ)の気分だ。この光線ではマグロの赤身やトロが美味しそうには見えない。もう少し赤みのある暖色系の光にした方がいい。この期に及んで、つまらないことを考えるものだ。
 すぐに酸素マスクやら心電図が装着され、注射も始まった。
 ネットキャップをかぶった学生らしい数人が入ってきた。「見学」か、それとも「授業」か、などと考えているうちに意識がなくなった。私の「幻影」だったのかもしれない。
=この項続く(2022.11,23)

◇次回は12月7日に更新の予定です。

INDEX

住所
〒151-0051
東京都渋谷区千駄ヶ谷3丁目55-12
ヴィラパルテノンB1
電話番号
(編集)03-5786-6030
(営業)03-5786-6031
ファックス
(共通)03-5786-6032
メール
info@sayusha.com
©   Sayusha All Rights Reserved.