【第19回】グルメサイトの「数字の魔力」

【第19回】グルメサイトの「数字の魔力」

マカロニの穴から豆腐の角を見る

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【第19回】グルメサイトの「数字の魔力」

重金敦之

 ネットの事情についてそれほど詳しいわけではないが、飲食店の情報や利用者の口コミを紹介し、予約の手続きもできる「グルメレビューサイト」が隆盛らしい。その一つ食べログを巡り、焼肉チェーン店「韓流村」が約6億5000万円の損害賠償訴訟を起こし、運営会社のカカクコムに3840万円の賠償を認める判決が東京地裁からあった。
 焼肉店側は食べログ経由の予約客による売り上げが、全体の35%を超えると明かした。サイトに加盟した飲食店には利用者が投稿した写真や口コミによる評価が掲載される。評価や採点を投稿するシステムが多くの人の関心を集めているようだ。私が驚いたのは、その高額の賠償金だ。それほどまでに店も利用者もネットの情報に影響を受けている。
 採点は「料理・味」「サービス」「雰囲気」「コストパフォーマンス」「酒・ドリンク」の5項目で評価される。利用者はアカウントを作成し、一定回数以上の投稿を行ってから「レビュアー」として登録され、初めて採点が反映される。
 一人一票を投票する単純な人気投票ではなく、影響度が強いレビュアーの採点には多くの比重が掛けられる。サイト側による独自の手順と操作を加えたアルゴリズム(計算方式)が用意され、その人たちの投稿(口コミ)が店の口コミ欄の最初に表示されるといったサービスもある。やらせや提灯持ちの投稿者を多く集め、自分の店に有利な評価(口コミ)を表示させようとする試みを未然に防ぐ意味もあるのだろう。
 今回の訴訟はサイト側が故意に操作し低い点数を表示したことで店側に損害を与えた点が争点となった。この点数操作について、裁判所は独占禁止法が禁止する「優越的地位の濫用」にあたると認定した。
 フードジャーナリストの三輪大輔は、ぐるなびとホットペッパーの二社が2000年代の主役だったという。ワタミ(「和民」など)やモンテローザ(「白木屋」「笑笑」など)、コロワイド(「甘太郎」「大戸屋」など)の大手外食チェーン店が宴会需要を取り込むためにグルメサイトを活用し、成長した。「飲み放題」と割引クーポンがキーワードだった。
 その後リーマンショックや東日本大震災の影響で、飲食店の経営業態や利用者の飲食動向が変わり、食べログが急成長していった。サイトの運営会社と飲食店の間には複雑な金銭契約があるわけで、地裁の判決が出たからといって両者ともそう簡単には引き下がれないだろう。
 飲食店の評価となれば、誰でもフランスのミシュランガイドの星の数を思い浮かべるはずだ。ミシュランガイドは1900年パリ万博の年にタイヤメーカーが自動車の運転手向けに、35,000部を作って無料で配布したのが最初といわれる。道路地図やガソリンスタンド、ホテルなどが掲載されている。1920年から有料となり、1926年に料理を提供するホテルを星(アステリクス=*)で格付けする方式が取り入れられた。
 星の数は一つから三つまでの三段階がある。一つは、その分野で特に美味しい料理。二つはきわめて美味であり遠回りしても訪れる価値がある料理。三つはそれを味わうために旅行する価値のある卓越した料理、となる。訓練を受けた複数の覆面審査員(ホテル学校の卒業生など)が年に数回自前で訪ね、複数で判定を下す。最後は身分を明かして厨房に入り、内部の調理器具まで検分する。
 本来はタイヤメーカーの宣伝のために作られた「PR資料」ということを忘れてはならない。今はフランスだけではなく、各国版が作られている。ある国でミシュランガイドが刊行されると、ミシュランタイヤの売り上げが数%増えるというデータもあるそうだ。
 その昔に辻静雄から「フランスでレストランといえば、日本でいう料亭と考えたほうがいい」と教わった。「電話も掛けず、料亭にふらっと入る人は居ないでしょう」と辻は続けた。
 ミシュランの星を巡っては、さまざまなドラマが語り継がれている。
 フランスは日本と違って階級社会だから、ミシュランの星が付いた店に行く人と行かない人の差が歴然とある。ワインも同じで、毎日ワインを飲んでいるのに、ヴィンテージがある高級ワインは飲んだことが無いという人が大多数だ。
 パリの街を歩いていても、シャネルだのエルメスといった高級ブランドのバッグを持っている人にまず出会わない。東京の有名大学のキャンパスの方が所持率は多いかもしれない。日本では若い人が高級レストランへ行こうと思えば行けるし、昨日東京に出てきたような若い女性が高価なブランド品をさりげなく身に着けている。
 それはともかく、外で食事をした店を評価するというのは、単に料理の味の良し悪しだけでは判断できない。サービスはもちろんのこと、テーブルや椅子などの内装から食器の質やセンスなどあらゆるポイントがある。ナイフやフォークなどのカトラリー類にテーブルクロスも吟味が必要だ。テーブルクロスがある店かどうか。あったにして、材質はビニールか紙かが問われる。もしテーブルクロスが汚れていたら、食べる気も失せるだろう。
 1969年にパリのマキシムが銀座のソニービルに出店した際は、皿やナイフフォーク類はパリの本店で使っているメーカーとは別の会社の製品だった。一世を風靡したマキシムは、時代と共に評価が下がり、降格の危機が訪れた。永年の料理界に寄与した功績に報いるために、星を付けずに店名が記されている。武士の情けともいえるし「永世名誉三つ星」みたいなものだろう。
 ブルゴーニュの北部のソーリュー村はパリからTGVでも車でも一時間ちょっとの距離だ。このソーリュー村を有名にしたのは、三つ星のラ・コート・ドールというホテルとレストランだった。いっときは落ちぶれていたものの、後を引き継いだベルナール・ロワゾーは1991年に念願の三つ星を復活させた。
 バターやクリームを排除し、肉の焼き汁と水で作られたソースから「水の料理」といわれ、ミッテラン元大統領や俳優のロバート・デ・ニーロが訪ねる有名店となった。神戸のホテルに店を出したこともあった。
 そこへ降格のうわさが流れ、オーナーのベルナールは2003年に猟銃で自殺した。もちろん、理由はそれだけではなかったのだろうが、悲しい事件だった。私が田崎真也などと訪ねた数年後のことだった。ロマネコンティ(DRC社)の先代の共同経営者オーベル・ド・ヴィレーヌの姿が客席にあった。
 名物の「蛙のもも肉 ニンニクのピュレとパセリソース添え」は、私が口にしたフランス料理の中で最も印象に残っている。ロワゾーの死後、夫人が店を継ぎ、名前もル・ルレ・ベルナール・ロワゾーと変えた。しばらく三つ星を維持していたが、今は二つ星で健在だ。
 三つ星には三つ星の料理としての独自性が要求され、お客が作り出す独特の雰囲気がある。別に客を選ぶわけではないが、その愉悦を享受できるのは好運な人といって間違いはない。
 料理とサービスとは同格と考えていい。シェフの報酬とメーテルドテルの報酬は同額といわれる。それだけ、サービスの仕事が重要だということだ。サービスを担当する人の地位は昔に比べれば、かなり見直されてきたとはいえ、日本ではまだまだ低い。
 料理人やサービスの人たちにも、それぞれ風格が求められる。最近日本でも見られるがタトゥーを入れた料理人が多い。元は宗教的な信仰心から始まったのだろうが、単純にファッションの物まねという入も多いようだ。私の好みではない。21世紀を迎えたころデンマークのコペンハーゲンで一世を風靡したレストラン「ノーマ」は、日本でも出店したが、ごく当たり前のようにタトウーを見せた従業員が客の前に姿を現した。タトゥーはその国の「文化」だから、認めろという人がいる。なら嫌悪感を抱くのもまた国の「文化」といえるのではないか。
 ある板前割烹の店で、板長のかみさんが白いブラウスの下に黒い下着の色が透けていた。こういうことを言うと、最近はルッキズムなどと反発する人が多いが、清潔感の問題であって、ルッキズムとは関係がない。これも好みの問題だからまったく気にしない人もいるだろう。着ている物は料理の出来とは関係が無いと、気が付かない無頓着で鈍感な人もいるはずだ。私は駄目だ。残念ながら気づいてしまう気質なのだ。
 床の間の掛け軸、飾り棚の陶器、茶花にも気が配られていなければならない。皿やお椀は折々の季節に合わせて、絵柄や文様が違う。四季の移ろいが美しい日本では、あらゆる分野で四季の変化を大切にする。料理も然りで、茶道の懐石料理の流れを汲み、伝統的な歌舞音曲と芸妓によるサービスと共に発展してきた日本料理独特の伝統だ。
 店の評価は料理の味の良し悪しだけでは判断できないと書いた。すべてに携わる人の衣装や挙措、たたずまいなどを含め、総合的な判断にゆだねられるべきものだろう。また、料理の味は個人の好みに過ぎない。個人の主観の範疇で、客観的に相手を納得させる絶対的な基準があるわけではない。それを数字で表現すること自体が、あまり意味がない。
 タイムや距離を競う陸上競技や競泳、得点を奪い合う球技と違い、審判員の主観による体操やフィギュアスケートなどの採点競技みたいなものだ。審判委員はそれぞれ一定の資格を持ち、訓練も経て採点基準が設定されているはずだが、国家やコーチのしがらみなどから、さまざまな私感が加わり、多くの問題が底流にあるのはご承知の通りだ。
 昨今はわからないことがあると何でも人に尋ねる風潮がまん延している。大学で講義をしている時に「先生、文章が上手に書けるコツを教えてください」と真面目な顔で聞いてくる学生がいた。
 自分で苦労して発掘したお勧めの店を教えてくれと頼まれるときがある。その情報にたどり着くまでには、多くの時間と経費を掛け、痛い目にも遭っている。自分で納得した店だから、人にも教えることができるのだ。 身近にあってわからないことを教えてくれる最も手軽なツールがスマホやネットだ。スマホを「免許皆伝」となる秘伝の巻物か、奥義書とでも思っているのだろう。
 飲食店の評価に限らず、すべての疑問をスマホやネットに頼る時代の風潮が、明確な根拠が薄い「数字の魔力」を生んだといえるのではあるまいか。今回のグルメサイト訴訟から教えられた。=敬称略
=(2022.8, 3)

◇次回の更新は1週間のお盆休みを頂戴して、8月25日を予定しています。

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