【第21回】窪美澄の直木賞受賞作もどこか「J小説風」

【第21回】窪美澄の直木賞受賞作もどこか「J小説風」

マカロニの穴から豆腐の角を見る

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【第21回】窪美澄の直木賞受賞作もどこか「J小説風」

重金敦之

 今回の直木賞に選ばれた窪美澄(くぼ・みすみ)の『夜に星を放つ』は五つの作品を集めている。短編集が直木賞の受賞作になるのは、そう度々あることではない。
 有名なのは向田邦子の『思い出トランプ』で、しかも選考会当日までにまだ刊行されておらず「小説新潮」に連載中の作品から選ばれた三編だった。初めて候補に挙げられたのだから多くの人が納得、期待してはばからない秀逸な作品か、よほど強引な選考委員が推さない限り、考えられない。山口瞳が一人奔走し、水上勉と阿川弘之が応援したからといわれる。
 今回も選考委員の誰かが強引に推したのだろうか。過去に2回候補に挙げられているから、「無名」とはいえないが、誰でも知っている「大物」でもない。
 しかしその経歴を見てみると、デビューは古い。2009年に44歳で新潮社主催のR-18文学賞(第8回)を「ミクマリ」で受賞した。2002年に創設された新人文学賞で性について描かれた小説を対象とし、女性が書く女性のための官能小説の発掘を目指していた。選考委員だけでなく、応募作品の「下読み」や担当編集者まですべて女性だった。ちなみに第1回の選考委員が光野桃と山本文緒で、第6回から10回までは山本文緒、角田光代、唯川恵の3人だった。
 受賞作「ミクマリ」を収録した作品集『ふがいない僕は空を見た』(新潮社・2010年)は第24回(2011年)山本周五郎賞を受賞し、第8回本屋大賞の2位に輝いた。2012年には『晴天の迷いクジラ』(新潮文庫)で第3回山田風太郎賞。2018年には、『じっと手を見る』(幻冬舎)が初めて直木賞候補(159回)に挙げられた。翌年の161回には『トリニティ』(新潮文庫)が2回目の候補になり、織田作之助賞(36回)を受賞するなど、華麗な受賞歴といってよい。
 すでに単行本は20冊近い。新潮文庫だけでも7冊刊行している。並みの新人作家とは少しばかり「格」が違うようだ。
 22年8月20日に発売された『オール讀物』(直木賞発表合併号・文藝春秋)に、自伝エッセイ「生きてきた私」が載っている。ほぼ事実を述べた「自伝」と読んで差し支えないと思われる。
 1965年に東京都下の酒屋の長女として生まれ、なに不自由なく育った。祖母、母、伯母(父の妹)の3人の女性に囲まれそれぞれの愛を受ける。カソリック系の小中高一貫の私立校に通うが、やがて生家は没落。家計を考える母親は普通高校に転校させようとするが、祖母は強く反対する。
 高校時代から書くことが好きで作文の授業だけは良い点だったが、美術を除いて他の科目はいいところがなかった。担任の先生の作文の授業はユニークだ。小さな紙に、「先生、あのね」とだけ書かれている。その後ろにはどんなことを書いてもいいのだという。自分が書いた文章が褒められ、先生は数人の作品を作文コンクールに出してくれた。入賞こそしなかったものの、参加賞の青いボールペンがうれしかった、作文を書くと大人が褒めてくれるという快感を初めて味わったことになる。
 貧困から生じる家庭内のいざこざの故なのだろう。学校へ行く時間になるとお腹が痛くなり、吐き気を催す。今でいう「登校拒否児童」だ。やがて母親は家庭内の「女の闘い」に負けたのか、一人で家を出て行った。祖母に長女と二人の弟を育てることはできない。初潮も初めてのブラジャーも自分一人でなんとかした。今でいうヤングケアラーそのものだった。
 高校時代、若者に人気のあった音楽雑誌に送り続けていた愛読者カードが編集部の目に止まり、2ページの原稿を書いて15,000円の稿料をもらえた。新宿の紀伊國屋書店や渋谷の西武デパートへ制服姿で出掛け、好きな本を自由に買える楽しみを覚えた。
 20歳を過ぎてから、広告制作会社で文章を書く仕事を中心に働いた。時代はバブル経済の絶頂期だった。締め切りに間に合わない時は会社の床に新聞紙を広げて寝る生活だった。アルバイトから正社員になり、26歳で妊娠、結婚。長男は生後間もなく病気で亡くなった。次の息子が高校生になったころ、別居、離婚。息子と一緒に家を出て、小説を書き始めた。シングルマザーが息子を大学まで卒業させるとなると、ライターの仕事だけでは不可能だ。まず新潮社の「R-18文学賞」に応募した。必須の「官能」は高いハードルだったが、超えられなければ小説家としての明日はなかった。息子は独立するまでに成長したから、今ではなにも怖くはないだろうが、難しい年齢を考えると戸惑う時期もあったはずだ。二人の生活のために、注文があれば何でも書いた。官能小説でデビューしただけにその分野の依頼が多かった。
 著者の文章を少し引用する。
<「欲求不満の女が書いたただのエロ小説」。そんな感想はもう見飽きるくらいに目にした。「ただのエロ小説で何が悪いのか」。心の中でやり返しながら、私は「性」を描き続けた。そんな私を「やぶれかぶれ」と揶揄(やゆ)する人もいたが、実際のところやぶれかぶれであったし、やぶれかぶれで生きるしかない時期があって何が悪いのか、と今でも思う。>(「生きてきた私」)
 生活のために文章を金にするという、売文業の原点を知っている。手あかのついた言葉だが「たたき上げ」と「開き直り」という表現がしっくりする。理屈よりも先に身体が動いていた。頭よりも先に手が反応した。
 選考委員の選評からは、「自然体の優しいスタイルを選んで書かれた小説。ここで肝心なのは、『優しい』と『ぬるい』は決定的に違うということ」(宮部みゆき)、「ぬるい毒と醒めた停滞は、現代を生きる大人の鑑賞に耐える」(高村薫)などが目に付いた。選考会の席では、おそらく「ぬるい」「迫力に欠ける」といった言葉が飛び交ったと想像される。別に定まったルールがあるわけではないが、物語性に富む長編小説が好まれる直木賞の傾向を考えると当然だろう。
 受賞作の登場人物には著者が育った家族内の葛藤、それぞれの親への愛憎が明確に画像として映しだされ、また影絵のように陰画として描写される。著者の人生がそこにある。運命的なぬぐい切れない影と屈託を負っている登場人物はいずれもわずかな窓の光を求めている。その姿を見つめる著者の眼差しは冷徹だが優しい。
 コロナ禍とか婚活アプリといった時代の最先端事情に触れているのも、能動的な姿勢として認めなくてはいけない。登場人物もさることながら、読者もまたコロナ禍の下で「息苦しい生活」に小さな息抜きの窓を開けようともがいているのだ。
 良いシャンパンは多少ガスが抜けても精妙な酸のバランスと風格ある濃醇な芳香が骨格に残る。売りものの官能を封印した結果だけではないだろうが、単純に骨格だけを見たら「ものわかりの良い」ジュニア小説と読む人がいるかもしれない。
 受賞者の記者会見でも性の場面がないことに質問が出た。ある新聞社の女性記者が官能場面について「生きる生と、こざと偏のセイ、がありますが……」と尋ねた。すかさず著者は「りっしん偏(べん)の性」とフォローしたが、質問した記者はさぞ恥ずかしかったろう。
 それはともかく、選考委員の桐野夏生は、その辺りの「もの足りなさ」を「選評」で次のように指摘する。
「ただ、ギラリとしたものを求める人には、少しシンプルに過ぎるかもしれない、ギラリとは、人間の業というか、エロスに近い何かであろう」
 著者は決して官能小説を諦めたわけではなく、直木賞作家の白石一文との受賞記念対談「人生を救う小説を」で、次のように意欲を述べている。
 「もう一度、官能を書いてみたいです。今の年齢でどういう官能が書けるのか、一周回って興味があります。五十六歳の書いた官能を読んでくれる人がいるかは分からないですけど」
 官能描写の部分が少なかったからだけではないだろうが、多くの選考委員が受賞作の文学性を評価した。浅田次郎は「豊かな文学性を感じた」、伊集院静は「鋭角な語り口を並べ立てないのも才能のひとつ。この作家の根のある辺りに強靭な小説家の覚悟が見える」と述べた。あくまでも冗談だが、著者の名前を覆面にして「芥川賞」の候補作の中にこっそり忍ばせたら、良いところまでいったかもしれない。
 著者は「私はデビューが遅かったから」と松本清張みたいなことをいう。確かに貧困、悲惨な生活からの抵抗、怨念、脱出といった面は40代半ばで作家となった松本に底通しているといえなくもない。
 窪美澄、芥川賞の高瀬準子両人とも幼年期から周囲の子供たちよりも多種多様な本を人並外れて、多く読んでいる。小説を書く一つの原動力になったことは確かだろう。
 どうも近ごろ小説に限らず、新刊から人生訓を読み取ろうとする書評が目に付く。教訓を得るために本を読む人ばかりとは限らない。読書の楽しみはもっと広く奥が深いものではないか。「この作者の言いたいことは何か」といった国語のテストにならされてしまった国語教育の弊害のような気がしてならない。
<注>なお選評、自伝エッセイ、受賞記念対談は「オール讀物」(22年9・10月 直木賞発表合併号 文藝春秋)に拠った。
=敬称略(2022.9,7)

◇次回の更新は9月21日を予定しています。

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